秘密の10分



客足が途絶える僅かな時間、ようやく休憩が許される。
店に出るのは嫌いじゃないけど、やっぱり9時を過ぎるとしんどくなって、腹も減って、ちょっと辛い。
だから、ほんの10分程度の夕飯兼休憩がすごく嬉しくて、父さんにまなかいの皿を手渡されると、いつも思わずにんまりとしてしまうのだ。そんで、それを見た母さんに怒られる。
「ごめーん」
と適当に謝って、オレはいそいそと店の奥へ向かった。

「お疲れ」
「おー、泉もお疲れ」
部屋に入ると、先に休憩に入った浜田が窮屈そうに納まっていた。まかないの皿はすっかり空だ。
そこは部屋と言うより物置で、予備の皿とか調理道具とか、乾物とかが沢山置いてある。もとより小さな小さな部屋だから、人が二人も入ればぎゅうぎゅうで、落ち着いて食事が出来るような場所じゃない。
椅子だって棚の一部を代わりにしてるし、机も一応あるけど、半分以上物が置いてある。
「今日さ、いつもと客ちがくね?」
扉を閉めてそう言うと、浜田は身体の位置をずらしながら
「そっかあ?カウンターの人、最近良く来るし。あーでも、そうかもな」
あの人とかあの人とかいつも来る日なのにな、と、常連さんの名前をあげていく。
「なんかいつもいる人がいないと、なんかあったのかって思っちゃうよな。10年以上通ってくれてる人だとさ」
そうだなあ、そろそろ来るんじゃね?と浜田が笑う。この人の良さそうな顔、嫌いじゃない。
「突っ立ってないで、座んな」
「ん」
ぽんぽん、と浜田が自分の膝を叩くので、オレはおとなしくそこに座った。
だって椅子がないんだって。疲れてるんだって。立って飯食うのは良くないだろ。
オメーが立てばいいだろ、って最初は浜田に怒鳴ったんだけど、まあ休憩させてやんないといけないし、しょうがないかなって。
学校で昼休み、浜田がうっかり同じ仕草をしてオレを招いた時は、思いっきりぶん殴ったけどな。

至近距離で浜田の声を聞きながら、オレは黙々と食事をする。たまに「ふーん」とか「へー」とか相槌をうつくらいだ。
浜田は特に気にしてないようで、米粒ついてる、なんて言って口の端についたのを取ってくれたりする。そのまま自分の口元へ運んでしまうのを、見ないようにするのも楽じゃない。
どこの新婚だよ。いや新婚でも今時やらねえよ。

「ごちそーさま」
オレが箸を置くと、浜田は腕をひょいと持ち上げて、皿を自分のに重ねてから、ついでのようにオレも持ち上げて、そのまま足の間に座らされた。
「うぜえなあ」
「いいじゃん、充電充電」
ひひ、と笑って抱きしめられて、オレは文句を言う気もなくなる。
こんなとこ、親に見られたらどうすんの、とか、馬鹿じゃねえの、とか、いろいろ思うんだけど。
狭い部屋で二人きりで、浜田にぎゅうぎゅう抱きしめられて甘やかされる魅力に抗えない。
馬鹿はオレの方だ。

ため息をつきたくなって、でもその代わりに、頬擦りしてみた。
「なにそれ、何の動物だよ」
浜田は吃驚して、すぐにげらげら笑って、オレの頭を引き寄せていっそう頬をくっ付けた。
「いて、痛えって」
「お返し」
「嬉しくねえ!」
そのまま力任せにぐりぐりされるから、頬骨があたって結構痛い。
ぎゃあぎゃあ文句を言いながらも抵抗しないでいたら、そのうち浜田は飽きたらしい。今度はおでことか鼻とかに、何度も何度もキスされた。
「お返しは?」
って言うから、仕方なくさっき頬擦りしたところにしてやる。
こういう時、オレたちは口にはしない。
だって、色々やばくなるから。止まんなくなる。だから他で我慢。まあ、こういうのも嫌いじゃないけど。結構好きだけど。

しばらくして、浜田が「あ、時間だ」って呟いた。それから名残惜しそうにもう一度抱きしめる腕に力を込めて、オレを離す。オレは何でもない振りで身体をどけて見送るんだけど、浜田にはやっぱり見抜かれていて、ちょっと乱暴に頭を撫でられた。
オレは今どんな顔してるんだろうな。知りたいけど、きっと鏡で見たらしぬほど後悔するんだろうな。

一人になった部屋はちょとだけよそよそしくて、オレは机の隅にあった団扇を掴んでばたばたと仰いだ。
顔が元に戻る頃には、丁度休憩時間が終わるかな。
 
2005/08/18
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