ちゃんと好き



こんなこと絶対に本人には言ってやらないけど。
板場に立つ浜田は少しだけ、格好良い。ほんの少しだけ、だけど。
口数も少なく包丁を握る姿とか、慣れた手つきで盛り付けをする姿とか。
普段の浜田とは違うそんな姿を見るたびに、不覚にも格好良いじゃねえかなんて思ってしまうのだ。

けれどそんな風に思うのはオレだけじゃないらしい。
ある時は大学生風の、またある時はバリッとスーツを着こなしたお姉さん達が小声で「ね、あの子ちょっといいね」なんて囁きあうのを何度も聞いていた。
だからまあ、こういう事もあるだろうなとは思っていた。
本当のところを言えばかなりむかつく。「浜田はオレのだから」って言ってやりたい気もする。
でもいいんだ。いちいち騒いでいたらきりがない。浜田が意外にもてるのは、昔から知っているから。やきもちなんかやいてたまるか。

「これ」
「なになに、泉から愛のメッセージ?」
「んなわけあるか」
休憩時間、オレが差し出した二つ折りにされたメモを浜田はいそいそと開いた。
「…なにこれ」
そして僅かに眉を寄せる。
「なにって、メアドとか携帯の番号じゃね?さっきの三人連れの、髪の長い人がおまえに渡してって」
オレは関心の無い風を装って箸を動かした。
「連絡してねって言ってたぜ。おまえ最近暇暇言ってたし、遊んでもらえば?」
「……ふーん」
浜田はテーブルの端においてある、貴重品を入れる箱に手を伸ばした。
「そんじゃ遠慮なく」
中に入れた携帯を取り出して弄り始める。
カチカチとボタンを押す音。
オレはいつもどおり、浜田の膝の上に座っているから、覗き込めば浜田の手元を見ることが出来る。でも。
(浜田)
浜田はいつもと変わらない顔で、ちらりとメモを見ては、またカチカチとボタンを押す。
(…本当にあの女の人と会うのかよ?)
意地で食べ終わった夕飯の味は全くわからなかった。

いつもなら、オレが飯を終えると同時に浜田が手を伸ばしてきて、ひょいと抱き込まれるのに。
今日は携帯を持ったまま、名前も知らない女の人へメールを打っている。お茶を飲んでも熱いのか温いのかさえわからなかくて、これはかなりヤバイ。
そりゃ自分で遊んでもらえばなんて言ったけど、まさか本当にメールするなんて思わなかった。いっそ素直に妬いてみせれば、浜田はこのメモなんかさっさと捨ててしまっただろうか。
「よし、終わり」
浜田が携帯を閉じる。と同時に、微かなバイブ音が聞こえた。この部屋に携帯を置いているのはオレと浜田の二人だけだから、オレの携帯だろう。
「泉のじゃね?」
「いいよ、後で」
電話だかメールだか知らないが、こんな時に相手する余裕はない。確認するのなんか後だ。
けれど浜田はオレの携帯を取り出して、はい、と差し出した。
仕方なく受け取って、メール受信を示す青いランプが着いている携帯を開き、機械的にボタンを押して本文に辿りつく。
するとそこには一言、

『泉のばーか』

「……」
差出人を確かめる。
「っだよこれ!ふざけんな!」
力いっぱい振り上げた腕はあっさり浜田に捉えられた。
睨もうとして、予想外に厳しい眼差しとぶつかってひるんだ。
「放せよ!」
「嫌だよ、殴られたくねえもん」
いくら力をいれても浜田の腕は緩まない。圧倒的な力の差を思い知らされるのはこういう時だ。浜田はもう運動らしい運動なんて、せいぜいランナー付き合うくらいしかしていないのに。オレなんか毎日毎日部活で身体を動かしているのに。情けなくて悔しくて、抵抗をやめてしまった。
「手、放せよ。痛い」
すると浜田はあっさり腕を放してオレを持ち上げ、いつものように後ろから抱き込んだ。
「おまえ、すげー普通なんだもんなあ」
思ってもみなかった弱い声がする。
「オレのこと興味ないふりすんなよ、寂しいだろ」
見上げると、困ったように笑う浜田と目が合った。
「ごめんな」
そう言って頭を撫でてくる。
(オレこそ、ごめん)
そう言うべきなのになかなか言葉は出てこなくて、オレは浜田の腕の中で身を小さくした。

握ったままだった携帯をふと見て、そういえば中身のわりに、やけに長々と打ってなかったっけと思い出す。まさか女の人にメールを送ってからオレに送ったなんてことはないだろうけど。
ためしにボタンを押してみると、文字は何もないままに下へ下へと降りていく。
なんだこの無意味な改行は。
カチカチカチカチ。何回押したか分からないほどボタンを押してようやく、文字が現れた。

『大好き』

「……」
「大好き」
浜田は耳元でメールと同じ言葉を囁いた。



クラスのやつらに「醒めてるよなー」なんて言われるオレはどこに行っちゃったんだろう。
口にすると止まらなくなるから、なんて暗黙の禁止ルールは今どうでもいい。
本当に、どうでもいい。
もぞもぞと動いて拘束を解き、無理やり浜田の膝に乗り上げる格好になったと同時に、噛み付くようなキスをする。
驚いて口を開けた浜田の舌をきつく吸い上げ、敏感な上顎を何度もなぞる。歯の裏を舐めて追いかけてきた舌と擦り合わせる。
いい加減差し入れた舌が疲れてしびれてきた頃、ようやく口を離した。普段浜田に応えることはあっても、ここまで積極的に動いた事はなかった。
顎を伝う唾液を拭うと、途端に恥ずかしさが込み上げてきたけれど。
「連絡なんかすんなよ」
「もう1回してくれたらしない」
ねだる浜田を拒む気はなくて、今度はゆっくりと触れ合わせた。



2005/10/02
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