セーラー服の彼女2



穿いてりゃいいだろ、の泉も、さすがに穿いてないと恥ずかしいらしい。

順調にお付き合いを深めていたオレと泉もついに、ついについに、初めての夜を迎えたんですよ!正確に言うと、初めての夕方なんだけども。

下着に手を掛けた時の泉の、一瞬戸惑うように揺れる瞳、それからそっと伏せられた眼差し、微かに震える睫。
どれもが見たことのない泉で、泣きたくなるくらいに心を揺さぶられた。
泉好き、大好き、可愛い。
素直な気持ちでずっとそう言っていたら、最後にはしつこいって怒られたけど。
多分オレは世界中で一番幸せな奴。

余韻に浸りながら疲れて眠る泉の寝顔を眺めていたら、ぎゅっと眉が寄った。
「……んー」
「泉、起きた?」
「んー」
数回瞬きをして、それからまだ眠い目を擦って、泉は目を開けた。
「……だりぃ……」
「大丈夫? 何か飲む?」
裸のままの肩にそっと手を置いて聞けば、いらない、と首を横に振る。
「シャワー借りていい?」
「どうぞ。歩ける?」
「へーき」
肩越しに振り返る泉の目は、少し赤い。
優しく優しくしたつもりだけど、ちょっときつかったのかなあ、オレばっかりいい思いしてたかなあ、なんて思っていたら。

「よっ」
掛け声とともにがばっと布団を跳ね除けて、泉が起き上がった。
その勢いのままベッドを抜け出し、すたすたと歩いていく。
もちろん、裸のまま。
「ちょっ……い、いずみ!」
「ああ?」
「服くらい着ろよ!」
「いいよ面倒くせぇ。誰もいないんだろ?」
共働きの両親は夜遅いし、塾へ行っている弟もまだ帰らない。
けど、そういう問題か?
「いないけどさあ、ちょっとくらい隠そうよ」
「何で?」
「何でって……」
そんな馬鹿な。
オレがおかしいのか?
いやいやいやいやまさか。
つうか、数時間前はあんなに恥らってたのに。あれは幻だったのか。オレの夢だったのか。
「さっき浜田さんざん見たじゃん」
「そりゃ、まあ、見たけど……」
綺麗なお椀型の胸とか、きゅっとくびれたウエストとか、丸いおしりとか、堪能したけど。
「一回見られたんだから今更隠したってしょうがないし」
えええええ。
そうなの? 女の子ってそうなの?
あまりに堂々と言い放つ泉を前に、オレは呆然とするしかない。そうこうしている間にも泉は、話は済んだとばかりにさっさと部屋を出て廊下を歩いていく。
うーん、背中も綺麗、なんだけど。
女の人の裸を見れば即興奮するもんでもないってこと、初めて知った……。

「ただいまー、ガス消しちゃったけどよかった?」
「うん、さっぱりした?」
「したした」
シャワーを浴びてすっきりした泉は上機嫌で、やっぱり裸のまま帰ってきた。
バスタオル巻いたりしないの、とかはもう聞かない。あのギリギリな感じは色っぽくていいと思うんだけどな。
いない間にオレが畳んでおいた制服に、泉が手を伸ばす。
「楽な服出したけど」
「もう帰るから」
「え、そうなの? ゆっくりしてけばいいのに」
「夕飯食べるって言っちゃった」
「えー」
もうちょっとくっついてたいんだけどなあ。おばさんが折角用意してるんだから、そりゃ帰らなきゃいけないのは分かってるんだけど。寂しいよなあ。
着替えを始めた泉に背を向けて、がっくりと項垂れるオレ。
さすがにじろじろ着替えを眺めるのは気が引ける。まあ、この分だと泉は全然気に留めなさそうだけど。
「終わった。こっち向けば?」
言われて振り向くと、セーラー服を着たいつもどおりの泉がいた。
毎日毎日思うんだけど、泉ってセーラー服がすごく似合う。
思わず抱きしめて、驚いた泉が暴れた拍子に胸が当った。柔らかい。ついつい手を伸ばしてその感触をさらに確かめる。
「なんだよもー」
「ん?」
んー?
あれ?
……何か変じゃね?
「ちょっと泉」
「冷てっ」
「なんでブラしてねぇの……」
裾から忍び込ませた手が、張りも弾力もあってそれでいてしっかり柔らかな、胸を掴んでいた。
「帰るだけだし……つうか浜田だって触るまで気が付かなかったんだからいいだろ」
「……」
何か嫌な予感。
「泉、スカート捲っていい?」
「え、えー……それはちょっと」
怪しい、目が泳いでる。明らかに照れとは違うその反応。
もぞもぞと動く泉に気付かれないように、左手を動かした。
「ぎゃっ」
「こらー! パンツくらい穿きなさい!」
「あああ何だよもー!」
「何だよじゃない! こんな格好で外歩くつもりか!」
「近いし! 見ただけじゃわかんねえし!」
「びゅーって風吹いたらどうすんの! こんな短いスカートで!」
「そんな短くないって!」
お尻が隠れるか隠れないかくらいの丈にしてる子もたくさんいる中で、泉のスカートはそれに比べたら長い。膝上10センチちょっとくらいだろう、多分。
でも。
「泉」
視線を合わせて強い調子で呼ぶと、泉はむぐ、と口を噤んだ。
「……一回脱いだのまた穿くの、気持ち悪い」
「じゃあ買ったきり開けてないのあるから、今日はオレので我慢して」
「えー……」
箪笥の引き出しから、袋に入ったままのトランクスを出して泉に渡す。
「今度から、泉の着替え置くようにしようか」
一番下の引き出しが少し余裕があるから、箱を入れて泉用のスペースにしてあげよう。
「……うん」
しぶしぶ頷いた泉は、ぺりぺりと袋を破って中身を取り出した。

「洗って返す? つーか他人が穿いたの嫌じゃねえ?」
「泉が穿いた奴なら全然平気ーっていうか、泉、それ洗濯機に放り込むつもりか?」
下着を手洗いする繊細さなんて、持ち合わせていないことは重々承知している。
「う」
「顰蹙買うからやめて」
つうか、おじさんと泉兄に殺されるから。
「うー、手洗いすんの? 干すのは一緒でいい?」
「だめすぎ」
「だって干すとこねぇよ。どうすんだよ」
「うーん、どうしようか。やっぱり穿いて来たやつ」
「やーだー」
「……じゃあ、どうにか処分しちゃって」
袋に入れてゴミに紛れ込ませるくらいなら、家族に内緒でできるだろう。
「……捨てんの?」
「それが一番楽で安心だろ」
「じゃ、いい」
泉は握ったままだった新品のトランクスを畳んで、オレに押し付けた。
「何で?」
「……他人の物無駄にするの、嫌」
「もー」
むっつりとしたままトートを漁る泉が可愛くて、頭をぐしゃぐしゃ掻き混ぜる。
「あー気持ち悪ぃ、最悪」
ぶつぶつ文句を言う泉の声を聞きながら、鍵と携帯を尻ポケットに突っ込んだ。
すっかり支度を終えるのを待って、一緒に玄関まで降りていく。
「今度来る時2,3枚持ってきな」
「そうする。あーでも忘れそうだよなあ、浜田適当に買ってきて」
「何言ってんの……」

手を繋いで、泉の家まで数分。
門の前でお別れして、来た道を一人で歩くころにはもう泉が恋しくなってくる。
あれ。
……ブラ、してないままじゃね?

まあいいか、なんて思っちゃう辺り、かなり泉に毒されてるかも。

2006/11/19
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