コンプレックス88 1



「おまえ、サイズ合ってねえんじゃねえの、それ」
阿部がそう言って、言われた泉は自分の身体を見下ろした。
部活を終えてくたくたになりながらも口は元気だ。着替え中の部員達は振り返って、
「何何、泉デブったの?」
と、次々に囃し立てた。
そうかなあ、と水谷は首を傾げる。泉は小柄ではあったけれど、出るところは出て引き締まるところは引き締まった、まさにコンパクトボディと呼ぶにふさわしい身体の持ち主だ。気にしているらしい二の腕も、水谷から見れば細すぎず太過ぎずちょうどいい。
「んー、さすがに今月食い過ぎたかな」
お腹をさする泉に阿部が肩を竦めて、部屋に入るなり脱ぎ捨てていたTシャツを、摘まんで鞄に放った。
「違うって、胸だよ胸。はみ出てんじゃん」
「……んなことねえよ! 太ってきつくなったのかも!」
「カップ合ってねえよ」
「えっ、泉また胸でかくなった?」
「違うって!」
勢いよく振り返った栄口を睨みつけて、泉は太ったからそう見えるだけだと言い張った。けれどお腹は出てないし相変わらず見事なくびれだし、顔だって全然変わらない。
「泉、胸大きくても形も良いのに。そんなに嫌なんだ?」
頑なに認めようとしない泉に苦笑して、早々と帰り支度を済ませた巣山がプリーツの乱れを直す。巣山はだらしのないところを見せた事がない。
「嫌に決まってんだろ!」
「なんで」水谷はまた首を傾げた。「なんでそんなに嫌なの? っていうか、なんでそんなに胸ばっかり成長すんの」
羨ましい、と言いたかったのだが気に入らなかったらしく、泉は水谷を睨み付けてきた。
「邪魔なんだよ! つか、これさえなきゃあと一秒くらい早く走れるかもしれないだろ!」
すると阿部が笑って、
「そんなに大きくしたくなきゃさあ、おっぱい星人に言っとけよ」
と、よくわからないことを言った。

無言で繰り出される泉の拳をひょいひょいと避けながら、阿部はちらりと視線を動かして呟く。
「ま、確かに楽そうだよな」
「阿部、喧嘩売ってんの?」
「いいや?」
顔をしかめた栄口は小振りな胸の持ち主だった。
「あーもうおまえらいいかげん服着ろよ! ブラ一枚でうろうろして恥ずかしくないのかよ!」
苦労性のキャプテン、花井が声を荒げてロッカーを閉める。
「花井相手に恥じらってどうすんだよ」
「マッパで外うろついてるわけじゃねえしよ」
「おまえらな…」
堂々と言い放つ阿部と泉に脱力して、花井は水谷を睨んだ。
「さっさと着替えろ、鍵閉められないだろ」
「うわっ八つ当たり」
「うるせえ」
いきなり矛先を向けられた水谷は、花井ひどーいと口を尖らせて益々睨まれる。
「いつまでもその格好じゃ風邪引いちゃうよー」
お先、と西広が出ていき、沖と巣山が続く。
「あれ、そういえば田島と三橋はどうしたんだっけ」
「着替えもしないで飛び出してっただろ、水谷もうボケた?」
「あーそうだっけ」
「…いいから着替えろっての」
「はあーい」
ブラ一枚で戦っていた阿部と泉はいつの間にか着替え終わっていて、花井にボタンをちゃんと閉めろと怒られている。
栄口のトロいノロいとの文句を聞き流しながらリボンを付けているうちに、ふと閃いて水谷はそうかあと目を瞬かせた。
「あー、浜田っておっぱいマニアなんだあ」

直撃した泉の鞄のおかげで、水谷はロッカーの扉にしこたま頭を打ち付ける羽目になった。  

2007/06/26
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