猫風邪浜田編



泉の風邪が治った翌日、その日は朝から冷え込んでいた。
浜田が寒い寒いと言うので、もしかしてうつったのかなと思えば案の定、夜には耳が生えている。

浜田にはどちらかといえば犬耳の方が似合いそうだ。ふさふさの茶色い耳と尻尾。ぶんぶんと尻尾を振りながら泉に懐く様が容易に想像できる。

寒いと言ってくっつこうとする浜田をあしらって、台所でしょうが湯を作った。泉が風邪を引いた時に浜田が飲ませてくれたものだ。
四苦八苦しながらガス台を使い、教えてもらったとおりに出来て、さて飲ませるかと部屋へ向かえば、風がびゅうと吹いた。
泉の気配がないと寂しいと言って、浜田がドアを開け放したままでいたのだったが、換気のためか気まぐれか、窓を開けたらしい。

覗き込んでみると、ベッドに座った浜田が窓の桟に身を預け、夕暮れの空を眺めていた。
浜田は遠くの銭湯の煙突のもっと向こう、泉には分からない何かを眺めている。
茶色い耳が風に揺れている。

ひょいと桟を乗り越え、どこか遠くの町へ行ってしまいそうだった。

声を掛けられずにいると、浜田が振り向いた。
しょうが湯の甘い匂いに気付いたらしい。
いつもと変わらない笑顔を向けられて安心したものの、どうにも心細くなって、浜田の背中に寄りかかった。
目の前に揺れる尻尾をぐいと引っ張ったら、痛いよーと間延びした声が降りてくる。

その晩は浜田が寒がるので、二人でぴったりくっついて眠った。泉がいつものように文句を言わないので、浜田は上機嫌だった。
次の晩も、その次の晩もくっついて眠った。

可愛くない浜田の猫耳を見慣れたころ、ここ数日の日課だったしょうが湯を運んでやった泉は、なにやら寒気がすることに気付いた。
すると浜田は笑って、飲んでいたしょうが湯を泉の口元に運ぶ。
「おそろいだ」
そう言われて、またしても猫風邪を引いた事を知る。

尻尾が触れ合う感触はくすぐったかった。


2005/11/07
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