お買い物編
「ちゃんと隠れてる?」
泉は何度も鏡を見ては、コートにしっぽが隠れているかを確認していた。
「大丈夫だって、見えてないだろ」
浜田はそんな泉の小さな頭に、すっぽりとニット帽を被せる。帽子を目深に被り、マフラーをぐるぐる巻いて口元まであげた泉の顔は半分以上隠れてしまって、大きな目だけが落ち着かない様子できょときょととあたりを見回していた。
二人とも風邪を引いて数日、ついに食料が底をつき、久しぶりに買い物に出かけることになったのだ。たとえ数時間でも離れるのは嫌だから、耳としっぽを上手く隠して、躊躇う泉のために手を繋ぐのは我慢して、くっついて外へ出た。
「結構空いてんのな」
「まだ午前中だからかな」
開店間もない店内は、夕方、値引きの始まったスーパーの熱気とは無縁だ。不慣れな泉がカートを押しても、誰とぶつかる事もない。浜田は品物をひょいひょいとカゴに放り込みながら、上手く泉を誘導していく。
その横を、小さな子どもが通り過ぎた。母親を探してぱたぱたと駆けていく。小さな耳としっぽがぴょこぴょこ動いて可愛らしい。
子どもはすぐそこの豆腐売り場にいた母親の足元に纏わりついて、抱っこをせがんだ。親は猫風邪を引いた子どもに甘いものだ。口では子を嗜めながら、にこにことして抱き上げた。
「はは、可愛いなー」
浜田はそう漏らすと、ちらりと泉を見下ろした。すぐ傍にはいるけれど、手を繋いでいないしどこかが触れ合っているわけでもない。
そろそろ限界も近づいて、ちょっと頭を撫でる位は怒らないだろうかと、そう考えて動くより先に、泉が浜田のジャケットの、肘の辺りをそっと掴んだ。
「ぎゅってしていいよ」
そう言ってみたものの、
「やだ」
とあっさり返される。泉は恥ずかしがり屋だ。
今日は寒いけれど風がない。折角外に出たのだからと、いつもは通らない道を、ぶらぶらと歩く。浜田は左手に食料の詰まった重い袋、泉は右手にそれよりも少しだけ軽い袋を持って、空いた手は互いの手を握り締めていた。知ってる顔がないからと、渋る泉をなだめすかして繋いだのだった。
子どもの歓声がしてそちらへ顔を向けると、小さな公園で4,5人が走り回っていた。子どもであればそれほど気にしないものなのだろう、中には耳としっぽをつけた子がいる。ベンチには彼らの母親が数人いて、微笑ましくその様子を見ているのだった。
ひとしきり駆けたあと、猫風邪を引いた子どもたちは一目散に母親に駆け寄って、腰に抱きついた。抱き上げるには大きい子もいたけれど、そんな子の母親は自分が屈んでぎゅうと抱き寄せてやる。
「泉も抱っこしてあげようか」
ついそんな事を言ったら、やはり
「やだ」
と、つれなく返された。
浜田は「残念」と肩を竦めたものの、それ以上は言わなかった。泉もそれきり黙って先に行ってしまう。それを追いながら、浜田は家までの距離を計算した。
早く泉を抱きしめたいのだ。
家に着いて牛乳や肉を冷蔵庫に入れていく浜田の横で、泉はのんびりコートを脱いでいた。黒いしっぽが現れる。
浜田はそれを見て、残りの食材を適当に放り込んでしまうと、ぱたぱた揺れるしっぽを器用に掴んだ。
「何すんの」
泉は嫌がって身体を捻る。
しかし浜田は構わずに、優しくしっぽを撫でながら、先のほうへちゅ、ちゅ、とキスをした。
すると泉はへなへなと、床へ膝を突いてしまう。浜田も一緒になって床に座り、片手でつやつやした黒いしっぽを撫で、もう一方の手で可愛いとがった耳の付け根を掻いた。
非難するような視線を向けていた泉は、やがてくたりと浜田の膝の上に頭を落とした。全身の力が抜けている。
浜田はそんな泉をひょいと持ち上げて、暖めておいた部屋に急いだ。
布団の端を捲って、そこに泉を放り込んでしまうと、浜田は満足してようやくジャケットを脱いだ。泉は早くも布団の中で丸くなっている。
ところが、ハンガーにかけようと後ろを向いたその瞬間、ぐんにゃりとしていたはずの泉がさっと動いて浜田のしっぽを掴んだ。
驚いて振り向くと、にんまりと口の端を持ち上げた泉が、浜田のしっぽにぱくりと齧りついていた。手にしたジャケットがバサリと落ちる。
折角買い物に行ったのに、その日は夕飯も食べずに過ごした。途中で何度か「腹減った」「そろそろ飯作るか」と言い合ったけれど、浜田は泉を離さなかったし、泉も浜田から離れなかった。