しっぽは素直編
床に新聞を広げていると、ふいに黒い物体が視界に入って、バシンと紙面を叩いた。
顔を上げてみれば、それは泉のしっぽだった。
浜田は顔を上げて、本体を見遣る。
少し離れて胡坐をかいた泉は、涼しげな顔で雑誌を読んでいた。そ知らぬふりをしているのか、はたまた気付いていないのか。
浜田はしっぽと泉を交互に見遣り、新聞を少し移動させて記事を読み始めた。ちらりと視線を上げて泉を見るが、泉は気にした風もなく暢気に雑誌を捲っている。
ただの気まぐれかな、と思い始めた頃、またもやビシリと叩きつけられた。
ビシッビシッと強く叩かれて、段々と新聞が不揃いになる。
泉を見遣ると、やはり雑誌に目を落としたままで、眉間に皺も寄っていないから、自分の所業に気付いてないのかもしれない。
しっぽはなおも新聞を叩く。
どうやら、しっぽは相当ご機嫌斜めのようだ。
浜田は緩む頬を気にもせず、動き回るしっぽを捕まえた。すると泉は驚いて、「ぎゃっ」と飛び上がる。
「何だよ浜田! 離せよ!」
この慌てぶり、本当に無意識だったらしい。
「もー、泉ー! かわいい! かわいい!」
既に何の興味もない新聞を追いやって、しっぽをつかまれて身を硬くする泉に飛びつく。
「ぎゃー!」
泉はじたばたと暴れた。
爪の攻撃を避けて腕ごと身体を閉じ込め、蹴り上げようとする脚に脚を絡めて拘束する。そうしてすっかり反撃を押さえ込んでしまうと、そのままごろごろと床を転がった。
「やーめーろー! 離せっての! ばか! 重い!」
「あはは」
ベッドに当ったところでようやく止まり、泉の黒い艶やかな髪をかきまわして、ぴんと尖った耳の付け根に何度もキスをする。
このところすっかり定着した感のある猫風邪だが、いまだ特効薬は見つかっていない。
というより、研究されているのかも怪しい。
寒気はするものの、通常の風邪と違って特に悪化することもなく、特に子供はかわいいばかりだし、そのうえしっぽは素直で敏感で、隠し事が出来ない。少しばかり寂しがり屋になるけれど、それはかえって親や恋人を喜ばせた。
結局どこの国でも、まあそのうち治るし、と鷹揚に構えている様子だった。
ぎゅうぎゅうと抱きしめているうちに、泉はやっと大人しくなった。横向きに向かい合わせになると、一瞬だけ顔を上げて、すぐに下を向く。相変わらず口では「うざい、暑い、じゃま」とぶつぶつ言ってはいるものの、手は浜田のシャツを掴んでいるし、おでこは胸元にぐりぐりと押し付けているし、陥落寸前だ。
耳を柔らかく噛んでひくりと震えたところに、そっと囁く。
「ごめんね、ずっとくっついてるからね」
「何がごめんだ、頼んでねえよ。苦しいから離せ」
言葉とは裏腹に、素直なしっぽはようやく落ち着いて、そっと浜田の背中に触れた。