待ち合わせ



浜田にこのバイトを紹介したのは栄口だ。
結構規則とか厳しいし時給はそこそこだけど、無茶な働かせ方をしないし融通も効くし、バイトの仲が良くてなかなか居心地がいい。
かく言う栄口も、水谷に紹介されてここに入った。水谷のあの性格のおかげか、新しいバイトを始めてしばらくは味わう、むず痒いような緊張感はあっというまに消え、というか着替えて紹介された時には既に仲間内のようになっていた。あらかじめ水谷が、栄口のことを色々話していたらしい。

仕事も覚えた頃、泉と会った。
(『浜田に今のバイト、やめさせたいんだけど』)
そう言う泉の顔はいかにも面倒くさそうだったけど、その実ものすごく浜田を心配しているのが見て取れた。
何でも、困っている人を放っておけない性分のせいで、他人のトラブルに巻き込まれがちなのだと言う。金になるからときつい仕事を選んで入っているから、仕事だけでもへとへとなのに、次々に職場の悩み相談なんかを引き受けるはめになって、毎日奔走しているらしい。
(『なんかそこ、問題抱えてる奴が多いんだよな。浜田もさあ、馬鹿だから相談に乗っちゃうんだよ。もー、自分の力量を知れっつうんだよなあ』)
ぶつぶつこぼしながら泉はストローを掻き回していた。
(『死人みたいな顔して帰ってきてさあ、メシも食わずに寝ちゃうの。今に過労で死ぬぜあれ』)
そう言う泉の顔がちょっと泣きそうだったから、
(『オレのバイト先、聞いてみよっか?』)
と持ちかけてみた。もちろん、栄口もそんな浜田が心配になったからだ。高校時代を思い返して、親身になって手助けしてくれる浜田の姿が容易に思い浮かんだ。
そして、今に至る。

浜田に悩み事を相談したくなる気持ちは、栄口も良く分かる。何というか浜田は、お兄ちゃん気質なのだ。
偉ぶったところなんてまるでないけれど、気さくでとても頼りがいがあって、つい甘えたくなる。
「あー、また代わって貰ってら」
つい苦笑が漏れたのは、シフト表に『おねがい代わって来月なんでもするから!』と大きく赤字で書かれ、空白となっていた箇所に、浜田の名前が並んでいたから。
こんなおしゃれっぽい店、オレには敷居が高いんだよなー、とぼやいている浜田の姿を思い出す。
少し伸びた後ろ髪を、仕事中はひとつにまとめて、トレイ片手にテーブルを回る浜田は中々さまになっているのだが。どうも本人は、いまだ落ち着かないらしい。

「さて、行くか」
「栄口、ちょっとちょっと」
スタッフルームから出ると、すぐそこにいた同僚に手招きされた。
「何?今月はもう入れないよ」
彼女と旅行に行きたい、と言っていたのを思い出し、牽制がてらそう切り返すと、違うって、とばつの悪そうな笑みが返ってきた。
「あれみて、あれ」
そっと顎をしゃくる。
壁から顔を覗かせてみると、そこには朝番で入っていた水谷がいた。
「水谷じゃん、なに、あいつまたなにかしてんの」
「水谷信用ねえなー、って違くて、水谷が話しかけてるテーブルの子!」
さらに首を伸ばすと、どうやらテラス席の客と話しているようだった。勤務中に駄目だなあ、と思いながら、栄口は相手の顔を見てみようと目を凝らす。
「顔見えないなー、女友達かな?」
「いや、あれ絶対彼女だって」
「えー?まじ?」
彼女、と言う単語に釣られて、2,3人が寄ってきた。
決して、普段からこんなにだらしない勤務態度なのではない。昼のピークが過ぎたこの時間は、ぽつぽつとしか客も入らず、客も皆のんびりしている。だから栄口たちも、少々暇をもてあまして、目立たないところの掃除やらなにやらするのがいつものことだ。
こんな風に集まって客席を覗いているところなど、社員に見つかったら大変だとわかっているのだが、『彼女』という単語に好奇心が隠せない。
「どうせまた女友達のひとりだろー、あいつ顔広いよな」
「いやー、あれはいつもとちょっと違ったぞ。なんか素だった」
「あいつはいつも素だろうよ」
「違うって、そうじゃなくてさー、もっと気安い感じなんだよなー」
「姉ちゃんとかいうオチ?」
「年上には見えねえよ」
あれこれいう仲間たちの会話を聞きつつ、栄口はさりげなく水谷とその相手との距離を縮めてみた。
「そうかー?ふーん、意外にさっぱり系が好みなんかねえ」
「な、もっとふわふわした感じが好きなのかと思った」
「逆に姉さん系とかも好きそうだけど」
「ま、友達みたいな感じで逆にいいのかも。雰囲気良さそうだしな」
いつの間にか彼女確定になっている。
顔は水谷に隠れてよく見えないけど、なるほど、少年ぽい感じのする人だ。細身のジーパンに大きめのパーカーをだぼっと着て、頬杖を付いている。髪は長めのショートか。少し日焼けした肌が健康そうだ。
誰かの言ったとおり、水谷の表情は随分リラックスしていた。余程親しい相手なんだろうな。これは本当に彼女かも。
そんな風に思っていたら、その人は明るい笑い声を上げて、少しだけ顔を仰け反らせた。


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2005/08/17
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