洗濯日和



うちの洗濯機はかなり古い。
近所のリサイクルショップで埃を被っていた。なんと二層式。
でもちゃんと動くし、恐ろしく安かったし、浜田いわく「二層式は脱水の間に次の洗濯が出来るからいいんだよ、脱水力強いし!」らしいので、かなり満足している。
「泉ー、何してんの?」
浜田がやってきて、後ろからひょいと覗き込んできた。ついでのように抱き込まれるのももう慣れたけど、何でそんなに自然にこういうことできんの、ってやっぱり思う。
「見てんの」
ぐるぐるぐるぐるぐる、回転するのをつい見入ってしまうのはどうしてだろう。
あ、今笑いやがった。背中に当る胸がちょっと動いたのが分かった。
「まー見てんの楽しいけどさー、脱水終わってんだよね」
よしよし、と子供にするみたいに頭を撫でられて、ついでに指摘されてはじめて気付く。いつ終わったんだろう。
「そんじゃそれ干してきて」
「おまえねー」
文句を言うけど声は全然怒っていない。浜田は長い腕を伸ばして脱水の終わった洗濯物を取り出して、鼻歌を歌いながら洗面所を出て行った。

浜田は相当マメな男だけど、さすがに毎日欠かさず洗濯やら掃除やらしているわけではないしその時間もない。だからこうして、たまの休みに二人掛かりで大掃除したり溜まった洗濯物を一気に片付けたりする。わあわあ言いながらやるせいか、これが結構楽しい。
「壮観だなー」
ベランダでは洗い立ての洗濯物が風にはためいている。日差しは強いけど風はあって、この分だとすぐに乾きそうだった。
「もっと洗うものなかったっけ」
浜田が最後のシャツの皺を伸ばして振り向いた。
「もーないって。あとは今着てるのとシーツくらいだろ」
今日は朝から一体何回洗濯機を回した事だろう。あれもこれも、と洗いそびれていた冬物まで引っ張り出して、今やカーテンレールまでハンガーで埋め尽くされている。
「うーん……シーツ換えたばっかりだな」
「だろー?もうおしまいでいいんじゃね」
綺麗好きの人なら毎日とか2日置きにでも換えるのだろうけど。
それでも浜田は、折角の天気だしなあ、なんて言って部屋を眺めていて、やるとなったらとことんやる奴だよなあ、ってぼんやり思っていたら。
「そんじゃ汚すか」
「はあ?」
にかっと笑って言われた意味が分からないままのオレの背中を押してベッドまで歩かせて、浜田は、しよ、って簡潔な一言を言った。
ああ、なるほどね。

「なー、窓思いっきり開いてんだけど」
ベランダへ続く大きなものから台所の小さなものまで、そりゃもう思いっきり。家中の窓が全開だ。
「泉が声我慢してれば平気じゃね?」
「サイアク……」
浜田のあちこち跳ねてる柔らかい髪を引っ張って訴えてみたのに、手も止めない。
かと言って本気で抵抗する気もなくて、既に胸の上まで引き上げられていたTシャツの裾を噛んだ。
昔だったら、こんな昼間っから窓全開でふざけんなよ、ってマジ切れしてたかもしれないんだけど、オレも大人になったと言うかスレたというか、浜田のこと好き過ぎなんじゃないのか。
「……つうか干すとこ」
「あ」
気を紛らわすために部屋をぐるりと見渡したら、目ぼしい所は既に埋まっている。浜田も気付いて、首筋から口を離して顔を起こして、二人で固まった。



***


「……うーん……?」
重い、と目を開けたら、頭の上に浜田の腕が載っていた。しかも、払いのけようにも右手はその腕に掴まれてるし、左手は何かに絡まっているしで、全く身動きが出来ない。
というか、オレの上半身は浜田の胸に載っちゃってるんだけど、下半身は下敷きになっているような、いや違う、浜田の足に挟まってるのか、ああでも左足は上に載ってるしな。どうなってんだこれは、絡まりすぎだろ。
目だけを動かして状況を確認すれば、何故か二人とも部屋の隅の床に転がっていた。どこから探してきたのか、端から端まで紐だか何だかが渡してあって、そこにシーツが干されている。
二人して固まったわりに、止める気はさらさらなくて、それでずっと声を抑えていたオレは終わるなりぐったり寝てしまったんだけど、その間に浜田はちゃんと、当初の予定通りシーツも洗濯したらしい。
ついでに新しいシーツ敷いてそこに寝かせろよ、って内心文句を言いながら、この隅っこに二人でくっついてるのって、何かみたいなんだけど何だっけ、と首を傾げる。
「いずみ起きたー?」
「起きてない」
「そう?」
寝ぼけた声を聞いたらまた眠くなって、あくびをした浜田がようやく退けた腕から開放された頭を、また懐にもぐりこませながら目を閉じる。

ああそうだ、何かって、ケージの隅っこにぎゅうぎゅう詰まってるハムスターだ。

2006/07/22
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