まだ?



「たーだーいーまー」
あ、帰って来た。
今日は部の飲み会があるとかで、珍しくオレより泉のが帰りが遅い。
「お帰り泉」
廊下に顔を出すと、靴を脱いでいる泉の姿が。
あれ。
「……なんかすげー酔ってない?」
「んー」
目がとろんとしているし、顔もちょっと赤い。
珍しいかも。泉は酒に強くて、がばがば飲んでも様子も顔色も変わらないんだけど。一体どれだけ飲んだんだ。

鞄を持ってやって、後ろからついていく。
泉はよろよろ歩いて、ベッドまで行くと床にぺたりと座り込んだ。上半身はベッドに投げ出して、あーとかうーとか言っている。ああこりゃもうだめだ。
「いずみー、寝るなら上で寝な」
肩を揺すると、泉は億劫そうに顔を上げてから、これまた億劫そうに両腕をオレに向けて伸ばした。
運べ、ってことか。まあもちろん運んであげるけどね、その前に服脱ごうか。
脱力した身体から服を剥ぎ取るのは結構面倒だ。苦労してTシャツとジーパンを脱がせてやって、風呂入ってから着替えようと思って出しておいたオレのTシャツ着せてやって、下はいいや面倒臭い、布団を捲って中に放り込んだ。

すると泉は、むくりと起き上がってオレを睨みつける。 あれ、なんでそんなに目付き悪ぃの?  
「風呂は明日にしな」
頭を撫でてやっても、相変わらず不機嫌そうだ。そんなに風呂好きだっけ? あ、そうか、喉渇いたのかな。
「水いる? 持ってこようか」
顔を覗き込んで聞いてみると、泉はむっつりしたまま無言で頷いた。
大きめのコップに水を入れてやって、手渡す。
「はい。零すなよ」
泉はやっぱり無言で頷いて、ゴッゴッゴッとえらい勢いで水を飲み干し、オレにコップを押し付けた。さらに目付きが悪くなっている。
酔っ払いはわけわかんねえな、気付かない振りをしよう。

さりげなく台所へ逃げて、コップを洗ってため息を吐く。ついでに乾いた食器も片付けてしまえ。
この分じゃきっと、今日は一人わびしく布団に転がることになるだろうな。オレが持ってきた布団はかつて毎日使っていたものだけど、ここに来てからは押入れにしまいっぱなしだ。全然干してないし泉の匂いはしないし、寝心地悪そうだよな。あーやだやだ。

「はまだー」
「はーいはい」
今度は何ですかね。明日の朝は味噌汁飲みたい、とか? 飲んだ次の日はうまいんだよなー、味噌汁。それに白米と漬物があれば最高。
ん? 微妙に声の感じが違ったような。怒っているというよりこれは、……拗ねてる感じ? 気のせいか。
「はーまーだー」
やっぱり怒ってる? 
「ちょっと待……」
「抱っこまだー?」
「は?」

今何て?
今、何て仰いました?

だっこ?だっこって?あの抱っこ?オレが泉の小柄な身体を後ろからだったり前からだったり横からだったりぎゅーって抱きかかえちゃうあの、抱っこですか?

なんて固まってたら、
「まだか、って聞いてんだよおい」
「はい、只今!」
どこのヤクザだよっていう泉のドスの利いた声がして、オレは大慌てで走っていった。

そっか。そっかー。
泉、抱っこして欲しかったわけね。いつもなら帰った途端、お帰りただいまー、ってぎゅうぎゅう抱きついてチュウするんだもんね。うざいとかキモイとか絶対文句言うけど、泉、抱っこ好きなんだもんね。それなのにオレってば変な気を利かせて介抱して一人で寝かせようとしちゃったもんだから、怒ってたのね。
「ごめんなー」
寝転んでいる泉を力いっぱい抱きしめたら、
「痛ぇ」
って不服そうな声がしたけど。
壁に向いちゃって、身体丸めちゃって可愛いったらもう。
「泉、酒くせー」
「うー」
「胃薬とか飲まなくて平気?」
「んー」
返事のつもりなのか唸ってるだけなのか、いまいちよく分からないけど、まあ大丈夫そうだからいいか。
火照った身体はいつもよりちょっと熱い。だけど全然不快じゃなくて、ただもうひたすら可愛くて幸せで仕方がない。

鬱陶しそうにオレの腕を払おうとしていた泉はやがて、もぞもぞと身体を反転させて今度は自分からしがみ付いてきた。
おお、なんて感激してるうちに、また離れてしまう。それでも片手はオレのTシャツを掴んでいて、覗き込んで見ればさっきまでの凶悪な不機嫌面はどこへやら、暢気な顔で熟睡していた。
すうすうと寝息を立てる、少しだけ開いた口が可愛くて、無理な姿勢でキスをしたら、やっぱり泉は眉をむっと寄せた。

可愛い酔っ払いめ。

2006/08/08
back