happy face



その日の朝は珍しく、栄口と一緒になった。
それというのも、昨日は浜田の家に泊まって、一旦自宅に戻ってから出かけたために、時間がずれたからだった。
慌てていたから結局服は浜田の借り物で大きいし、寝起きの親にうるさいと怒られるし、嫌な一日の始まりだ。そんな風にもやもやしていたら、大通りで栄口に合ったのだ。

栄口はにかっと笑って、
「おはよ!」
と手を振る。
それだけでなんだかいい気分になった。
栄口の笑顔は明るくて力強くて、ささいな事なんか吹き飛ばしてしまう。
「はよー」
泉が返すと、栄口は笑みを深くして隣に並んだ。

「なんかさあ、泉の笑顔はいいよね」
「は?オレ?」
自分が思っていたのと同じ事を、当の本人に言われて驚いた。
「うん、そう」
栄口はにこにこと笑う。
「幸せいっぱいって感じ」
「ええ?なんか阿呆そうだな、それ」
何言ってんの、と泉が肩をすくめると、違うって、本当に幸せそうなんだって、と返された。
「愛されてるって感じ?」
「はあ?」
突拍子もない台詞に泉は思わず口をあけて隣の友人を見る。
「ものすごーく可愛がられて大事に大事にされてる、ってのがすごく良く分かる顔!」
「はああ?」
ますます口を大きく開ける泉に、栄口はほんとだよーとにこにこ笑った。泉から見れば、その顔こそが幸せそうに思える。



釈然としないまましばらく歩いていると、ふいに栄口が、人差し指で喉元を示した。
「暑いけど、釦、留めた方がいいよ」
「え」
「跡見られたら、田島辺りに何言われるかわからないよー」
「え……え?」
泉は借り物のポロシャツの胸元を思わず握り締めた。
栄口は通りの向かいへ視線を向け、
「三橋ー!」
と声を掛けて大きく手を振っている。

栄口は何をどこまで知っているのだろうか?本当に跡は付いているのか?
確かめる勇気はなかった。

心臓がばくばく言って元に戻らない。顔はきっと真っ赤だろう。
心配げに顔を覗き込んできた三橋になんでもないよとぎこちなく笑ってみせて、泉は握り締めたままだったシャツをそっと放した。

とりあえず、あとで浜田を殴っておこう。
そう決心をして。
 
2005/08/16
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