二人で一緒に(TV編)



「あ」
小さな声が聞こえた。
気のせいかと思っていると、またすぐに「あ」と声がして、それから慌てて口を閉じた気配がした。
足の間に座らせた泉の顔を覗き込む。
「どうかした?」
「なんでもない」
泉はごまかすように言って、もぞもぞと身体を動かした。

目の前にあるテレビから流れるのは、某鉄道会社のCM。女の子と、微妙なぺんぎんがお出かけ中だ。可愛いんだろうかこのぺんぎんは。
なんだろうなあ、とは思いつつ、番組に切り替わった画面に意識を戻す。

腕の中の泉は大人しくオレに背中を預けてるし、洗ってやったばかりの髪からはシャンプーのいい匂いがするし、横に置いたトレイにはコーヒーが置いてあるし。
テレビを見る体制は完璧に整っている。
学校じゃ絶対こんな風に素直な泉は見れないけど、家で二人きりの時は大体こんな感じだ。オレが構いたがるのを、口では文句を言っても好きなようにさせてくれる。文句は必ず言うのが泉らしいといえば泉らしかった。

幸せをかみ締めつつテレビを見ていたら、あっという間に時間が過ぎて、次の番組が始まった。そのままだらだらと見ていたら、途中のCMに入り、そしてまたあのぺんぎんがあらわれた。

泉が少しだけ、身を固くしたのがわかった。
このほのぼのCMに、何か身構えるような恐怖シーンでもあっただろうか。それとも泉はぺんぎんが怖いとか。
じっとCMを見つめる泉につられて、思わずオレもぺんぎんに注目した。
ケーキを強請っている。生意気な。

女の子とペンギンは外でケーキを食べるらしい。黒い手(?)でショートケーキを抱えたぺんぎんは嬉しそうだ。よかったな、ぺんぎん。でもあれで上手く食べられるのだろうか。
と思ったら案の定。
「あ」
泉の口から声が漏れたと同時に、ショートケーキの上に乗ったイチゴがぽろりと落ちた。
さらに、
「あ」
ケーキ本体が落下した。



オレは吹き出しそうになるのを必死にこらえて、誤魔化すようにコーヒーに手を伸ばした。でも駄目だ、手が震えている。
もしかして、泉はあのCMを見るたびに、「あ」って言っちゃうんだろうか。言っちゃうんだろうな。
居間のソファで「あ」って言う泉を想像してみた。可愛い。
家族にからかわれたりするんだろうか。それとも、全員「あ」って言うのかな。言いそうだな。
やばい。オレの腹筋が限界だ。
「……笑いたきゃ笑えよ!嫌みったらしく我慢してんじゃねえっつの!」
泉が怒鳴る。振り向いた顔は真っ赤だった。
「やっべえ泉それ可愛すぎだっつの!」
「なんだよもーまじおまえむかつく!」
オレはついに盛大に吹き出して、床に転げた。
甘いもの大好きだもんな。ケーキも好きだもんな。上に載ってるイチゴは最後まで大事にとっておくもんな。一口も食べてないケーキが落ちたら、そりゃがっかりするよな。例えテレビの中の出来事でも、ケーキが偽物でも。

「泉ー、なんでおまえそんなに可愛いの」
ぶすったれた泉を腕に抱きしめて頭をぐりぐりと撫でる。この辺にしないと泉が本格的に拗ねるってわかってはいるものの、なかなか衝動は収まってくれない。
普段は落ち着いた泉のふとした時に見せる、こんな子供っぽさがオレは大好きだった。
しつこく笑っていると、
「兄ちゃんだって言う」
なんて、小さな声で照れ隠しなんだか負け惜しみなんだかよく分からない台詞を言う。
それでまたさらに吹き出してしまって、結局、泉が怒って帰ろうとするまで笑い続けた。
 
2005/08/27
back

CMはJ○のス○カです。片思い編30秒ver.
http://www.jreast.co.jp/tabidoki/tvcm/index.html#suica