そんなところがかわいいんだけど



廊下に出たら、遠くに浜田がいるのを見つけた。声を掛けようかと思ったけど、傍に誰かいるのに気付いてやめた。
浜田の周りには自然と人が集まって、いつも賑やかだ。女友達も多い。
それは勿論、あいつのいいところのひとつなんだけど。
正直、むかつく。特に知らない女と楽しそうに喋ってる時は。

八つ当たり気味にロッカーの扉を開いた。ぐちゃぐちゃの荷物の中から入れっぱなしの辞書をひっぱりだして、落ちたジャージをまた適当に放り込んで、無理やり扉を閉める。
「泉くん」
「何?」
同じクラスの子に呼ばれて振り向くと、彼女は右手に持った菓子を示した。
「これ、いらない?」
「いいの?」
「うん。余っちゃって。よかったら、部活の後にでも食べて」
にっこり笑って差し出されたのは、コンビニで買ったと思しき菓子の、小分けにされた袋たち。
「買いすぎちゃった」
色々食べたくて買ったはいいものの、結局少しずつ余ってしまったのだろう。泉が結構な甘党だと知っている彼女は、こうして時々お裾分けをしてくれる。
「本当に貰っちゃうよ」
「貰ってよ」
「そんじゃ遠慮なく。ありがと!」
「どういたしまして」
じゃあまた明日ね、と手を振る彼女にオレも手を振り返して、上機嫌で教室に戻った。ちょっと前までむかついてた事なんて、綺麗さっぱり忘れていた。我ながら現金だ。



廊下にいたはずの浜田は戻っていて、もう鞄を手にしていた。
「あれ、浜田もう帰るんだ」
「ん」
冷たい目を向けられて、オレは驚いて浜田を見上げた。浜田はいつもへらへらしてるってわけじゃないけど、こういうあからさまに不機嫌な顔をすることは殆どない。特にオレに対しては。
「……何で怒ってんの」
「別に」
「怒ってんじゃん」
思い当たる節がありすぎて原因がわからない。普段言いたい放題だから、さすがにキレたんだろうか。
本当は言い過ぎる度に後悔するんだけど、何でか歯止めが効かない。いつか呆れられるかもって、結構不安に思ってたりもする。
だから、こうして怒った顔されると、どうしていいかわからない。自分のこういうところが嫌いだ。
教室からはどんどん人がいなくなって、がやがやとうるさい廊下も段々静かになって、二人きりになってしまった。田島と三橋はとっくに飛び出していった。

浜田はひとつため息を吐いて、頭をがしがしと乱暴に掻いた。
「餌付けされてんなよ」
「……はあ?」
「それ」
顎で菓子を指した浜田は、またため息を吐いた。
「食い物くれるからって愛想振りまくなっつの」
「はああ?」
なんだそりゃ。オレは野生のサルかよ。
「おまえ何言って」
んの、と続けようとしたら、強い調子で浜田が遮った。
「オレは!」
思いがけず真剣な眼差しで見つめられて、オレはちょっと首を竦めた。
「オレなら」
「……何?」
「オレなら泉が好きなもの、何でも作ってあげるのに。飯でも、甘いものでも、なんでも。ちゃんと泉の好きな味付けにしてあげられるのに」
「……」
思わず口をあけてまじまじと浜田を見た。

馬鹿じゃねえの。オレが菓子貰って喜んだからって拗ねてんのかよ。
何だよもう。かわいいやつ。

「そんじゃシュークリーム」
ついにやけそうになるのを押さえて、なるべく素っ気無く言った。
「カスタードと生クリーム両方入ったやつ食べたい」
「カスタードだけじゃだめ?」
「だめ、何でもって言っただろ」
でもさ、生クリームじゃ学校持って来れないし、と浜田は困った顔をする。
おまえはどうしてそんなにオレに甘いんだ。だからつけあがるんだっての。

「明日、部活終わったら食べに行く」
そう言ったら、めちゃくちゃ嬉しそうな顔をした。
とっくに餌付け成功してること、いつになったら気づくんだろう。
 
2005/08/31
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