甘い人



(「浜田って、長続きしないよな」)
かつてそんな風に言われた事がある。3人目の彼女と別れた次の日だ。
(「なんだよ、別にすぐ飽きるってわけじゃねえよ」)
その時はそう言った。本当に、そう思っていたから。

好きって言われて、付き合って、しばらくすると振られる。彼女たちは皆、同じことを言う。
『だって浜田君、キスもしてくれないんだもん』
付き合って数日でそう言われても、と少々苦く思っていたのだが、今となってみれば、彼女たちが何を言いたかったのかよくわかる。つまり、キスするのかと思うくらいに顔を寄せてくるくせに、期待させておいて何もなかったように離れていくなんて、むかつく、ってことだ。

それから何人かとつきあって、いくところまでいった相手もいたけれど、やっぱり長くは続かなかった。彼女たちはまた、同じことを言う。
『だって浜田君、冷たいんだもん』
世話好きというのが一般の評価だったし、特に付き合う相手に対しては構いたがりだと自認していただけに、結構ショックだった。
今となっては、彼女たちに不誠実だったと申し訳なく思う。でもそのころは、何がいけないのか、本当にわからなかったのだ。

(「おまえいいかげんつまみ食いして捨てるのやめろよ」)
(「そんなんじゃねえよ」)
友人に怒られるのも、違うと反論するのも、うんざりするほど繰り返される日常だった。
(「大体、オレ振られてんだぞ」)
(「あー、じゃああれだ。おまえがつまみ食いされてんのか」)
(「あのなあ……結構傷つくんだけど」)
軽い男だと噂されなかったのは、毎回毎回振られる側だったからだろう。
何でだろうなあとは思いつつ、真剣に悩む事はなかった。とりあえず、彼女が絶えることはなかったし、それなりに楽しく日々を過ごしていたからだ。

きっかけは後輩の一言だった。
(「浜田先輩って、下半身のだらしない人?」)
(「おまえ先輩に向かってなんつう……」)
(「すみません」)
全く悪びれた風もなくぴょこんと頭を下げて、さっさと行ってしまった。
後輩の中では特に仲良くしていたやつだったから、後輩の癖に生意気と腹を立てるより先に、そんな風に思われてたのかな、と不安になった。
それでようやく、長続きしない原因は自分にあるのだと思うようになり、このままじゃ同情してくれる友人たちにもいつか見放されるかもな、と気付いたのだった。
それまではどこか頭の片隅で、女の子はせっかちだなあとか、男よりずっとリアリストだよななんて、のほほんと構えていたなんて、今となっては無かったことにしたい恥ずかしい話だ。

(「匂いなんだよな」)
(「はあ?」)
考えて考えて、初めて付き合った子から振られたばっかりの子と過ごした日を思い起こして、辿り着いた結論は。我ながら馬鹿馬鹿しいものだったけれど、一旦思いついてしまえばそれしかないだろうと思えた。
(「女のこってさあ、香水とかつけるじゃん」)
(「ああ」)
(「あの匂いが嫌なんだよ」)
(「今までの彼女が全員、香水つけすぎてぷんぷん臭ってたわけじゃないだろ?」)
(「まあそうなんだけど」)
ふわりと香る匂いは決して嫌いじゃなかった。
けれども、身体を寄せてもそればかりが気になって、どうしても落ち着かないのだ。
香水なんて、つけなくてもいいのに。そのままで十分なのに。
(「デートのときに限って、気合入れていつもより強めだったりするんだよなー」)
(「浜田ー、おまえ夢見がちだなー。女はいつも石鹸のいい匂いがしないと!とか思ってんの」)
(「んなことねえけど」)
いい匂いのするやつ、いるよ。甘い匂いがする。
思ったけれど、口にはしなかった。多分、言ったら誰だよと問われただろうし、その時の自分には、誰だっけ、としか答えられずにまた失笑を買うばかりだったはずだ。

記憶の隅に残る甘い匂いをずっと探してたのだろう。
付き合った彼女たちの誰にもその香りはなかった。新しい誰かと付き合うたびに、顔を寄せて確かめてはああ違うと無意識に離れ、それが彼女たちを傷つけたのだ。
彼女たちは可愛かったし、ちゃんと好きだった。好きだったけれど、あの甘い匂いはしなくて、わずかな化粧品の匂いと整髪剤の匂いと、しゃれた香水の匂いがした。どうしても、駄目だった。





どうしてなんだろう、誰の匂いを求めてるんだろうと、ぼんやりした疑問を抱えながら過ごした日々は唐突に終わりを告げた。

確かに小学校から一緒だったけれど、中学では部活も一緒だったけれど、じゃれ合ったりもしたけれど、こんな風になるとは思ってもいなかった。ただの仲のいい後輩だと思っていたのに。
けれどこうなってしまえば、必然だったのだと思うより他にない。
うっかり同級生になってしまった、可愛いけどあんまり可愛くなくてでもやっぱり可愛い元後輩を力の限り抱きしめたら、鼻を掠めたのはあの匂いだった。
シャンプーと、石鹸と、洗い立てのシャツの日の匂いと洗剤の残り香。それから、泉の匂い。
記憶にあるよりも少しだけ甘くなくて、けれど記憶どおりに優しく柔らかかった。

求めていたのは泉一人だったのだ。


 
2005/09/11
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(extra)


「いー匂い」
後ろから抱き寄せて鼻を首筋に擦り付ける。
「なんかつけてる?」
「つけてねえよつけるかよ。つうか気持ち悪ぃから離れろ」
「でもいい匂いするんだもんよ」
「犬みてえにくんくん嗅いでんじゃねえよ薄気味悪ぃな!ほんっとうぜえ」
暴れる身体を押さえつけるのももう慣れた。絶対おとなしく抱かれてくれないから、つまらない技術ばかり習得している。
「泉、家でケーキ食べてきた?」
頭を撫でながら聞いてみた。すると驚いた顔で見上げてきて、
「何でわかんの?」
と不思議そうに首を傾げた。
「だっていつもより甘いだろ」
「は?」
「泉は甘いもの食べた後、ずっと甘い匂いする」
知ってた?とキスすると、嫌そうな顔で睨む。そんな表情も可愛くて、もう一度キスをした。
唇には生クリームと甘酸っぱい果物の味が残っていて、何度も何度も舌でなぞる。
抵抗していた泉はやがて口を緩く開いて、甘い舌を絡めてくれた。






疲れ果てて眠りに落ちる間際、今日の泉はあの匂いと全く同じだとようやく気付いて、幸せな気分で肩口にある黒髪に顔を寄せ、「いい匂い」と呟いた。