慣れというもの



小さい頃は、二人して泥だらけになってはまとめて風呂に放り込まれた。
10歳を過ぎるとさすがに泥だらけにはならなかったが、どちらかが上がるのを待つのも面倒で、狭い狭いと騒ぎながら一緒に入った。

疑問を感じたのは中学に上がった頃だ。その頃にはずいぶん身体も大きくなって、浜田の身長もすくすく伸びて、泉はまだ成長期の訪れを今か今かと待っていて、そう広くもない一般家庭の風呂に二人で入るには無理があった。
「何で一緒に入んの」
「何でって…いっぺんに入っちゃった方がガス代も水道代ももったいなくないだろ。風呂に張るお湯の量も少なくて済むし」
そう言われてしまえば、余所の家に上がり込んでいる身では一人で入らせろとも言えず、浜田の流儀に倣うほかない。それでも何となく普通とは違う気がして、誰かに聞いてみたかったが、聞けるものではなかった。
特に浜田とは、部活で先輩後輩の関係だったから、他の部員の手前必要以上に仲が良いことを知られたくなかったこともある。
もっとも浜田の方は、泉ほど神経質になることもなく、泉の頭を乱暴にかき混ぜては『猫被りやがって』とからかった。

浜田が引退する少し前、なんだかんだでそういうことになって、もう何年も一緒に風呂に入っていい加減慣れきっていたのに、とてつもなく恥ずかしいことをしていたのだとようやく思い知った。
初めて本気で嫌がると、浜田は今更だろと不思議そうに首を捻った。
それでも泉が黙りこんでしまうと小さく笑って、
「先入っておいで」
とそっと背中を押して促したのだった。
少しだけほっとしたものの、自分ばかりが意識しているのかと腹が立ったのを覚えている。



読んでいた雑誌から顔を上げた。もそりと立ち上がって、用意された着替えを手に風呂場へと向かう。そろそろ浜田が身体を洗い終わる頃だ。
結局、あれから何度か一人で風呂に入ったものの、また元通りになってしまった。
風呂に一人で入りたいという、当然と言えば当然の要求をしたまでなのに、どうしてだか自分が酷くわがままを言ったような気がして気まずくなり、また浜田もそんな泉の複雑な心境を察したのかそうでないのか、「待ってんの面倒くせえ」と言って気楽に入ってきたり、力の入らない泉を抱き上げて風呂場に連れて行ってくれたり、そうこうするうちに拒むのも馬鹿らしくなった。
最近ではもう、気恥ずかしさの欠片も感じない。

浜田は鼻歌でも歌い出しそうな機嫌の良さで泉の髪を洗う。
「何でそんなに楽しそうなの」
「泉に構うの大好きだからー」
「…あーそう」
流すよ、と言われて大人しく目を閉じる。文句を言ってはいるけれど、少しも抵抗しない泉は泉で浜田に構われるのが好きなのだとは、随分前に気付いてしまった。
流れ落ちるお湯と泡と、浜田の指の感触が心地よい。
おしまい、と頭をぽんと撫でられた後もぼんやりしていたら、そのままスポンジを泡立て始めたので、慌てて奪い取った。身体を洗われるのはさすがにまだ抵抗がある。
浜田は残念そうにスポンジを泉に渡すと、ざぶんとお湯に浸かった。
「泉、耳の後ろ洗い残してる」
「やってるって」
「そうかー?なんかいつもいい加減に洗うよな」
「んなことねえよ」
つい早口になるのは、思い当たる節があるからだ。別に嫌いではないが、風呂に入るのはどちらかと言えば面倒くさく、さっさと洗ってさっさと出てしまいたい。母親にも不潔な男は嫌われるわよなどと嫌味を言われるのだが、決して洗わないわけではないし、自分では普通に洗ってるつもりなのだが、人に言わせれば少しばかり適当らしい。
「ここ届かないだろ」
背中届かないなあまあいいやと思いながら腕を伸ばしていたら、ひょいとスポンジを取り上げられて、背中を丹念に擦られ、さっきから気になっていたらしい耳の裏や脇腹にも移動した。
結局洗われている。

そういえば、昔は一緒に入りはしたけれども、さすがに身体まで洗われる事は無かったし、湯船の中で後ろから抱き込まれる事も無かった。
「スキンシップが足りてないから」
「どこが?」
今やクラスまで一緒で、一日の大半を一緒に過ごすというのに。
「だって教室じゃこうして抱っこさせてくれないだろ」
「当たり前だ!」
後ろから首筋を軽く吸われて思わず声を荒げた。
「オレはね、いつも泉に触ってたいの。抱っこしたり手繋いだり、どこか触れてたいの。だからいつも全然スキンシップ足りません」
「……何言ってんだ…」
そんな風にきっぱり言われては、罵倒する気にもならず、泉は脱力して浜田に背中を預けた。お湯が跳ねて頬に当たったのを、浜田の指が拭う。

きっと何を言ったところで無駄なのだ。どんなに抵抗しようと、どんなに否定しようと、いつのまにかこうして浜田に慣らされていく。
そのうちに浜田に触れない日など、耐え難く寂しさを感じるようになってしまうのだろう。今も既に、数日会わないだけで物足りない。そんなのは自分じゃないみたいで嫌だと泉は思う。
風呂場を出ると、先に上がった浜田が大きなタオルで泉を包んで、そのまま拭き始めた。抵抗する間もない。
「何も出来ないろくでなしになったらどうしてくれる」
「まさか」
なるわけないだろ、と浜田は笑う。そんなものだろうか。
大いに疑問は残るものの、浜田が当然のように言うので、そうなのだと思い込むことにする。
髪も拭け、と頭を突き出したら、浜田はついに鼻歌を歌い出した。

2005/09/25
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