cheer! 2



泉は誰より可愛くて、元気よくて、そりゃあもう最高だった。
以上。

後のことは思い出したくもない。









「あーーー……」
今日何度目か分からない鬱陶しいため息を吐いた。
体育祭の日から数日、すっかり癖になりつつある。家でも殆ど無意識にやっていたら、珍しく早く帰ってきた母親に鬱陶しいと家を追い出され、仕方なくこうして夜のコンビニに出向いたわけだ。オレってかわいそう。

今週発売のジャンプやらサンデーやら、その類は既に読みつくした。
未成年お断りの雑誌でも見ちゃおうかな。
手を伸ばしたけど、やっぱり止めた。
そりゃ女の子は好きだけど、柔らかい胸とか丸いお尻とか大好きだけど、今はそんな気分じゃない。無修正AV見たって勃つかどうか自信がない。

名前からして読めない経済雑誌を捲ってみる。
これ日本語かなあ。ちがう国の日本語かもしれない。オレが知らなかっただけで日本ていう国は2つあって、多分これは違う方の日本語なんだな、うんきっとそうだ。読めなくても仕方ない。


…泉は可愛い。オレの贔屓目もあるんだろうけど、でもやっぱり可愛い。
飛んだり跳ねたり、走り回ったり。オレの目は泉一人に釘付けになって、みっともなくどきどきしたよ、本当に。

「泉くんて可愛いねー」
「普通に紛れてるっつの。泉馴染みすぎ」
あちこちから聞こえてきて、オレの泉は可愛いだろー、と鼻高々だったのもほんの数分だった。

バトンを受け取った泉は。
赤に紺のラインが入ったスカートの裾を翻し、伸びやかな脚を惜しげもなく晒して、風の様に目の前を走り去った。
全校生徒の視線を独り占めにしてたと思うのは、多分気のせいじゃない。
視線は前を走る奴の背中にぴたりと据えられていて、あっというまに一人、二人、三人を抜いて。
わあっと上がる歓声、泉の全開の笑顔。
「…かっこいー」
そんな呟きが聞こえてしまったら、皆と一緒になって盛り上がる気にもなれなかった。

笑いたければ笑え。
どうせオレは心の狭い男だよ。

思い出したくないっていうのに、なんでこう今見てきたみたいに鮮やかに思い浮かべることが出来るんだろう。惨めったらしい嫌な気分まで思い出すじゃないか。
「はあーーー……」
「……不審人物って通報されるぞ、そのうち」
「おわっ」
突然横から声がして、飛び上がるほど驚いた。
「何やってんの」
「い、泉…部活終わったの?」
「終わった」
「えーと、えーと」
話が続かない。一方的な後ろめたさで視線が泳いで、泉の跳ねた髪や、肩に掛けたスポーツバッグに添えた手なんかを、意味もなくちろちろと見た。
目、合わせらんない。どうしよう。

「……」
オレを見上げる泉の目が、だんだん険しくなってくる。
「あー、その、」
「……」
「……」
手に握っていたものが売り物だった事を思い出し、ぎくしゃくと棚に戻した。違う日本の人しか買わない雑誌だから、多分平気。多分。

「おい浜田、ちょっと表出ろ」
泉はくいと顎で外を示した。
「あの…?」
「いいから来い」
さっさとドアを開けて行ってしまう。
えーと、もしかして、インネンつけられてる?裏口辺りでボコられる?

内心びくびくしながらついて行くと、ゴミが寄せてある裏口には向かわずに、信号を渡っていつもの帰り道に出た。もう少し行くと、小さな公園がある。得体の知れない物体がいろいろ置いてある、不思議な公園だ。
泉は公園に入り、街灯の明かりの届かない奥のほうへ、ずんずん歩いていってしまう。
オレがちょっとためらって、入口で立ち止まっていたら、振り向いて「ついて来い」と睨まれた。殺気立っている。
もしかして、ここで犯られちゃう?茂みの奥で犯られちゃう?

…絶体絶命の大ピンチって、こういうことを言うんだ。

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2005/10/16
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