風物詩



「何でおまえそんな寒そうな格好してんの」
「寝坊したから」
泉はあっさりとそう言った。
起きたら朝練の始まる30分前で、大慌ててコートも持たずに飛び出したらしい。
どんな慌てっぷりだよ。
野球部連中の練習にかける意気込みは並々ならないものがあるのをよく知っているけれど、それはちょっとなあ。
いるよな、冬でも半袖Tシャツとかランニングシャツ着てる奴。小学生で。
「せめてウールのセーターとかあるだろ…」
「これが一番上にあったんだよ」
だからって。

泉は服にこだわりがない。タンスから出すときは引き出しの手前にあるものから取るし、洗濯されて帰ってきた衣類の山があればその1番上にあるものを着る。
それにしても、この寒い日に長袖のTシャツ1枚とは。綿1枚とは。

おしゃれさんになっちゃって、これ以上敵が増えたら嫌だ。
でも、もうちょっと着る物選ぶとか。
いや贅沢は言わない、せめて季節を考えてくれないものか。かわいいのに、もったいない。

そういえば、去年も同じような会話しなかっただろうか。よくよく思い返してみれば、一昨年も、その前の年も、やっぱり今日みたいなことがあった。学習しない奴だ。
「冬物に換えておけよ」
「んー、後で覚えてたら」
「…面倒ならやろうか?」
泉のことだ、放っておいたらこのまま春になりかねない。おせっかいとは知りつつも、ついつい言ってしまうと、以外にも「うん」と応えが返ってきた。
「今度うち来たらやって」
「いーよ」
こんな甘えたことを言うのは珍しい。少し驚いたけれど、泉に構う機会は逃したくないから大きく頷いた。よっぽど面倒なんだなあ。
本当は、毎朝着ていくものを選んであげたいくらいだ。でもさすがに呆れられるだろうと、これは言わないでおいた。

てくてく歩いていると、梶山と梅原に鉢合わせた。
二人は泉の格好を見てぎょっとする。
「何でその格好?」
梅原が変なものを見る目つきで泉を見た。梶山も眉を潜めている。
「浜田に取られたとか。田島に水ぶっかけられたとか」
「どっちもありそうだなー」
「寝坊して、目に付くところにあったもの着て出てきたらこうなったんだってよ」
「寒くねえの?」
「まあ寒いですけど」
「長T1枚じゃなあ」
笑いながら、梶山は首に巻いたマフラーを外した。何をするのかと思ったら、
「これでも巻いとけ」
そう言って、泉の首にぐるぐると巻きつけてしまう。
「いいんすか」
「おう。見てるほうが寒いっつの」
「ありがとうございまーす!」
泉は顎まで埋めて「あったけぇ」とか言っている。
ふにゃりと緩んだ顔がかわいい。じゃなくて。

これ、憧れてたんだよな。
今まさに、梶山が泉にしてやったやつ。
泉が呆れるくらい寒がりのオレがささっとマフラー巻いてやったら、滅多に見られない顔を見せてくれたかもしれないのに。泉のはにかんだ笑顔、めちゃくちゃ可愛いのに。
うんまあもう遅いんだけど。

なんてちょっと一人で凹んでいたら、いつのまにか泉の手には手袋がはまっていた。梅原いつ手袋外したの。
これも、憧れてたんだよな。
今更だけどな。






次の日、今度はちゃんと暖かい格好をしてきた泉を教室の手前で呼び止めた。いぶかしがるのを手招いて、廊下の隅に移動する。
「なんだよ浜田」
オレが首筋に顔を近づけると、あからさまに警戒した泉の身体がこわばった。
「……何犬みたいなことしてんの」
くんくんと鼻をひくつかせるオレに、呆れたように言う。
「や、他の匂いがついてたら嫌だなーと思って」
「は?」
泉はきょとんとした顔をして、それからしかめ面になってオレをつき飛ばした。
「ばっかじゃねえの!」
冷たく吐き捨てる。
そんな泉に構わず、オレは巻いていたマフラーを外してくるくると泉の首に巻きつけた。
「今日はこれして帰ってな」
オレがにっこり笑うと、泉はますますぶすっとした顔になって、
「しねえよ!」
乱暴なしぐさでマフラーを取って、走って教室へ入ってしまった。

でも、帰りになって、泉は
「寒がりなんだからこれでもしとけ!」
って、自分のマフラーを投げつけてきた。
優しいよね。

2006/01/11
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