沖君は見た



たまの休みだ、ちょっと遠出してみよう。
そう思いついて、中学からの友人と出かけたのが朝の10時。一日遊んでくたくたになって、帰りの電車に揺られながらぼんやりしていた。

一番後ろの車両で隅っこに立っていると、ドアが開いて就職活動中っぽい女の人が3人乗り込んでくる。車内は適度に混んでいて、結構距離が近くて居心地が悪い。
「あーもう、疲れたー」
「明日も説明会だよ」
「私、明日3つ……」
そんな話し声が聞こえてくる。
大変そうだなあ、何年か後には、オレもスーツ着て歩き回るんだろうな。まだまだ先のことだけど。

「こんなに疲れてるのに癒してくれる彼氏もいないし」
「あれ、別れたんだっけ」
「そうだよ、年末いきなりだよ。もーサイアク」
こんなところでそんな話してていいのかな。
益々落ち着かなくて、なんとなく辺りを見回していると、少し離れた所に見慣れた姿を発見した。

浜田さんだ。周りより頭1つ背が高いから、結構目立つ。
浜田さんは少し首を傾げて、隣の人と話しているようだった。視線の先を辿ると、肩の辺りに黒い髪が見える。あ、もしかして泉かも。
そう思ったときに丁度、泉らしき人が浜田さんを見上げて、それでやっぱり一緒にいたのは泉だってわかった。

「彼氏欲しいなー」
「欲しいねー、最近ずっと何もないよ」
「そうなの?」
「そうそう、出会いがない」
へー、そんなものなんだ。彼女たちは皆、オレの目には可愛くてもてそうに見える。
そういえば浜田さんて彼女いるのかな。いそうだよな、優しいし。
二人に声を掛けようかなとも思ったけど、彼女たちの横をすり抜けて行くのも勇気がいる。まあ、明日「昨日見たよ」って言うかな。

「ね、あの子結構良くない?」
「高校生かな?わりと格好いいかも」
「背、高いね。顔も中々」
「でも彼女いるみたいよ」
「あー、ほんとだ」
やっぱり背の高い男ってポイント高いんだ。オレ、後どのくらい伸びるかなあ。80いったら嬉しいんだけどな。

電車が止まる。
浜田さんの前に座っていた人が降りて、浜田さんが座ると同時に泉が手にした荷物をぽいと膝に投げた。何か文句言ってるみたいだ、浜田さんが苦笑して二人分の荷物を抱える。それでもまだ余裕があって、まあつまり脚長いんだ。背が高いからってのもあるけど、羨ましい。

「レディファーストはやっぱ外せないよねえ」
「何でもかんでも、ってわけじゃないけどね」
「まあ席は譲って欲しいね」
そうか、やっぱり基本なんだなあ。何でもってわけじゃないんだ。難しいなあ、今後の参考にしよう。

1分ちょっと止まった電車がまた動き出した。カーブに差し掛かって、ふいに大きく揺れる。
「わわっ」
「あぶなー。……あー」
「やーねー」
どこにも掴まってない人が数人、他にぶつかったりよろめいた。オレは車掌室にくっついてるから平気だったけど、大学生3人はお互いの腕に掴まって何とかバランスを保ったようだ。

泉は平気だったかな、と視線を向けると。
後ろの人にぶつかられたらしい、勢いで浜田さんの膝に倒れ掛かっていた。
慌てて退こうとするのを、にやにや笑う浜田さんがそのまま膝の上に座らせてしまう。
わー浜田さん、度胸あるなあ。
子ども扱いされるの、すっごい嫌がって怒るんだよな、泉って。殴られなきゃいいけど。

「はー、羨ましいっていうか何ていうか」
「むかつく」
「電車でいちゃいちゃしちゃって、見せ付けるなっての」
ああ、最近結構恥ずかしげもなく人前でいちゃつくバカップルいるよな。羨ましい気もするけどやっぱりちょっとなあ。

一瞬前まで怒ってた泉はもうげらげら笑ってる。体勢はそのままなんだけど、人が移動してきて降りられなくなったらしい。あそこに田島がいたら、間違いなくさらに泉の上に乗っかるな。

「膝抱っこねえ…」
「いや正直羨ましいけどね…」
「潤いが欲しいわー」
……ん?
「男はああいう子好きだよねー」
「目が大きくて黒目がちなのね」
「綺麗より可愛いね」
「小柄な子ね」
「膝に乗っちゃう感じね」
……うーん?
思いっきり、浜田さんと泉の方見てないか?

…………。
そっかー、そうなんだー。
オレは二人とも知ってるから、今あの二人がどんなくだらない幼稚園児並みの会話を繰り広げてるのかとか、想像がつくんだけど。
そっかー、周りからはそういう風に見えるんだー。

まあ膝抱っこって言えば膝抱っこだよな。浜田さんの膝の上に泉が座ってるわけだし。
泉は……女の子に見えるのかな?どうだろう、オレは初めから知ってるしな。浜田さんが大きいからかな。

……今度こっそり教えてあげた方がいいのか?
泉、おまえ女の子に間違われてたよって?
浜田さんといちゃいちゃしてるようにしか見えなかったみたいだよって?
いやいやいやいやそんなまさか!

あ、駅着いた。降りなきゃ。
何も見なかったことにしよう。何も聞かなかった事にしよう。
それがいい、そうしよう。


2006/02/26
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