秘密のフォルダ1219
最初は、バッカじゃねえのなんて思ってたんだけど。
何だか段々気になってきた。
手元にあるものといえば、皆でわいわい集まってるやつばかり。唯一2人で写っているものがあったけど、それは小学校に上がる前のもので。ついでに自分は邪魔だ。
小さい良郎君より大きい良郎君がいいんです。
今の浜田の写真が欲しいんです。
……なんて素直に言えたら苦労しない。
両手に握り締めた携帯は、とっくに生暖かくなっている。すぐ近くで聞こえる浜田の呼吸は、ようやく緩くなりはじめていた。
寝つきのいいはずの浜田は、身体の緊張に気付いているのかどうか知らないが、今日に限ってなかなか熟睡しない。
ああもう、早く寝ちまえ。
じっと待つのにも飽きて、そろそろいいかなと携帯を開ける。光が浜田の顔に当らないように、下の方でこそこそ操作して、準備は万端だ。
ゆっくりと上下する身体を視界の端で確認してから、浜田って気持ち良さそうに寝るよなあ、なんてこっそり笑った。
念のため10数えて、いややっぱりもうちょっと、でもう20数えて、それからようやく頭を起こす。
勝負は一瞬だ、失敗しないようにしないと。
ところが、右手に持った携帯に意識を向けた途端、布団が動いて、
「…いずみ……?」
ぼんやりした浜田の声がした。
なんで起きちゃうんだよ!
「……わり、起こした?」
浜田は眠そうに数度瞬きをする。
「いや平気……どうした?寝れない?」
段々と口調もはっきりしてくる。これはまずい。本格的に目が冴える前に、何とか寝てもらわないと。
違う違うと首を振って、再び布団に潜り込んだ。
「もー寝る」
「そう?」
「うん」
ちくしょう、やり直しかよ。
内心で舌打ちをしつつ、なるべく眠い風に見えるよう、身体を少し丸めてみた。
すると浜田は何を思ったか、腕を伸ばして抱き込んできた。
そのまま頭を撫でてから、その腕を背中に回して、ゆるゆると身体を揺する。
なんだっけこういうの、よくお母さんが赤ちゃんにやってるよな……ってオレはむずがる赤ん坊か。
ちょっとだけムッとしつつ大人しくしていると、今度は軽く背中を叩き始めた。
とん、とん、と一定のリズムで、優しく優しく掌が触れていく。
……やばい、寝かしつけられる……!
写真が欲しいんだ、ここで寝てたまるか。というかこれで寝たらまるっきり赤ん坊じゃないか。
とは思いつつ、腕の中は暖かくて気持ちがいいし、今日も遅くまで部活で疲れているし、なによりこのリズムがいけない。
無意識の内に、もっと近くにと額を寄せてしまう。
いやいや今度いつ泊まれるかわからないし、浜田がすっかり寝てしまうまでの我慢だ。
うとうとしてる場合じゃない。
ないんだって……
***
「ああっ!」
飛び起きたら朝だった。オレの馬鹿。
隣にはもう浜田はいなくて、代わりに1階からいい匂いが漂っている。
「あーもー何やってんだよー」
どさっと仰向けに転がり、頭をぐしゃぐしゃとかき回した。
結局寝かしつけられてしまった。結構頑張ったつもりだったけれど、案外ものの数分で寝てしまったのかもしれない。いつもより遅く寝たのに、熟睡できて頭はすっきりしていた。浜田のおかげと認めるのは悔しいけど。
「はー……」
思わずため息をついて、ころころと転がった。昨日の決死の覚悟が馬鹿らしい。
大体、姑息な手段を取ろうとするから失敗するのだ。
男なら男らしく、ずばっとストレートに「写真取らせろ」と言えばよかったのだ。
うん、そうだ、そうしよう。
決めてからは早かった。
布団に絡まった携帯を救出して勢いよくドアを開け、のしのしと廊下を歩いて台所を目指す。階段を下りて右、突き当りの引き戸の向こう。
見慣れた背中を見つけた瞬間、「浜田!」と大声を出していた。
「写真取るからこっち向け」
浜田は驚いて振り返って、それからオレの大好きな顔で笑った。