You're my shining star !



「何してんの」
泉はそう言って、タオルを頭に巻き、軍手を嵌めたオレを胡乱気に見遣った。さっき母親に「下っ端の大工さんみたいねえ」なんて笑われたから、日曜大工でも始めたかと思っているのかもしれない。
「ん?今日七夕だから」
「七夕? ……あー、笹だんごだっけ」
「いや違うから」
どうも泉は、こういう行事に疎い。

手に持った笹をよいしょと持ち上げて隣との境にある柵に括りつけ、根元にブロックを置いていく。 ああでもない、こうでもないと試行錯誤を繰り返し、やっとそれなりになったときには、じっとりと汗ばんでいた。
「三軒隣の山田さんとこの子がさ、七夕やりたいって言い出して。じゃあこの辺で集まってやってみるかっていうことになったんだよ。オレはそのお手伝い。これと、あとはチビ共に短冊結んでやるの」
「てっぺんに星つけるやつか」
「それも違うから」
季節も宗教もごちゃまぜだ。

ひとまずの準備を終えたオレは、泉を連れて部屋に戻った。確か押入れにアルバムがあるはずだ。小さい頃、七夕に写真を撮った記憶がある。
もそもそと汚い押入れを漁ってそれらしき物体を引っ張り出し、埃を払って泉の前に広げてみせた。
「この辺にあったような……」
一枚一枚、糊が滲んで開きにくくなった古いアルバムをぺりぺりと捲る。
「ああほら、これ」
そこにはまだ小さなオレが、短冊の飾りつけられた笹をバックに両手でピースしている写真があった。
「わーアホ面」
「そこかよ! ……じゃなくて、この後ろに写ってるのが笹飾り。ちなみにさっき泉が言ってた団子は中秋の名月にやる月見、あと天辺に星を飾るのはクリスマスツリー」
「ふーん」
興味があるんだかないんだか、写真を覗きこむ泉の表情からは今ひとつ判別がつかない。
「本当は6日に飾って7日に海に流したりするらしいけど」
そこはまあ適当にね、とオレが言うのを、泉はやはり「ふーん」と気のない返事をして、次のページを捲った。
すると、まだあった七夕の写真とともに、色褪せた赤い紙が目に飛び込んで来た。

「……なっつかしー……」
思わずそう呟いてから、あまりに自然に出てきたその言葉に自分自身で驚く。
うん、まあ、後悔なんてこれっぽちもしてないんだけど。
それでも長い間打ち込んできたことだから、それなりに色々な思いがあったわけで。
昇華してるつもりだけど、もしかしたら無理してるのかなあなんてことも思っていた。
……でも、そうじゃなかった。ちゃんとオレは次の一歩を踏み出せていた。ちゃんと心から今の生活を楽しんでいる。

貼り付けられた長方形の紙には大きな字で、『つぎの大会はぜったいゆうしょう』と書かれていた。



「字、変わってねえのな。きったねえの」
泉がからからと笑う。
オレは大好きなその顔を見ながら、ああ野球大好きでよかったなあ、なんて思っていた。
立ち上がって机の引き出しをあけ、ルーズリーフを探す。適当に折り目をつけて、鋏でちょきちょききれば、短冊もどきの出来上がりだ。ちょっとみすぼらしいけど、用意してある色とりどりの短冊は子ども達のものだからね。

「泉、と」
字が汚いなんて、気にしない。一字一字、大きく太く、紙いっぱいに書き付ける。
「幸せ……、に、な……る。出来たー!」
「はあ?」
脈絡のないオレの行動を見守っていた泉に、完成した短冊を見せる。
「どうせならオレも願い事しようかと思って」
「はああ?何馬鹿な事言ってんだおめーは」
「馬鹿じゃないだろ」
何よりも叶えたい願いだ。
「天辺近くに結んじゃえば、誰にも見つからないから平気」
「付ける気かよ!」
勿論、と胸を張るオレの手から短冊とペンを奪った泉は、くるりと後ろを向いて何やら書き始める。
「あ、何だよ泉」
ぐちゃぐちゃにされるのかと思ったそれは、ひょいと手の中に帰ってきた。
書き足された文字に気付いて頬が緩む。
「……泉は欲張りだなあ」
「当然」



オレが彦星だったら、一年に一度しか会えないなんて耐えられない。
天の川を泳いで渡っちゃえ、なんて考えて、途中で足がつっておぼれそうになるかもしれない。
でもきっと、織姫な泉はきっと、「何やってんだよ」って呆れ顔で、間抜けにあがくオレを捕まえて、引っ張りあげてくれる。
命綱を投げてくれるかもしれない。もしかしたら自分で泳いできて、颯爽とオレの腕を肩に掴まらせて、岸に戻るかもしれない。
オレの織姫は何て最高なんだろう!

『泉ともっと幸せになる』
   

2006/07/07
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