文貴、嫉妬の嵐



ちょっとちょっと、聞いてくださいよ奥さん!
ワタクシ水谷文貴15歳1年7組野球部所属が担任に頼まれて、社会科準備室に資料を取りに行ったときのことなんですけども。
ていうか、今現在現場から(心の中で)実況中継しているわけなんですけども。

準備室の奥に、小さな部屋があるんですよ。まあいつもは鍵が掛かってるんですけど、たまーに開いてたりして。準備室自体、滅多に人が来ないから、逢引にはもってこいの場所なわけなんですね。
で、今日も偶々開いていたわけなんですよ。
そんで中から人の声らしきものが聞こえてきたんですよ。
ごくごく普通の青少年であるワタクシとしては、ちらと覗いてみたくなるものでして。
ツツツーと寄ってみましたら、あれあれ、何だかよく見知った奴の声じゃありませんか。

「購買にさー、新しいパン出てたけど、知ってっか?」
「知らねー。どんな?」
「菓子パンみたいだよ。女の子達がきゃあきゃあ言いながら買ってた」

おお、これは泉と浜田じゃないですか。
そういえば9組、5限は自習とか言ってたな。ここ、古ぼけてるけどソファあるもんね、昼寝でもすんのかなー羨ましい。
なんて思いながら、声掛けようとしたら。
したらですね!引き戸がちょっと開いててですね!

いやー驚きました。ええ、驚きましたとも。
だって話題は新発売のパンですよ?そこから明日の弁当のおかずですよ?
ごくごく普通の、教室内でだって聞かれるような会話じゃないですか。
それでこの体勢って!
この状態であの会話!

もしワタクシが彼女(ちなみに現在大募集中です)とあんな体勢になっていたらですね、まちがいなく三橋並みのどもりっぷりで緊張しまくりですよ。オオオオオオレ、あ、あの、ここここうばいにににに、……なんて田島じゃなきゃ翻訳できません。
心臓バクバク、手には汗がじっとりですよ、絶対。
つうか高1男子はね、純情なの!
好きな女の子と手を繋げただけで、ドキドキでキャーッって感じなの!

……てことはですね、浜田と泉ってば、とっくのとうにそんなもじもじ期間を過ぎちゃってるって事ですよね。
いやいや、もしかしてあの2人ってばそういう関係?つきあっちゃってたりして?なんて野暮な事は言いません。
チュウしてるの見ちゃったとしても驚きませんよ。いや驚くか。
なんていうかね、もう、この2人は特別なんだなーって感じなんですね。
浜田にとって泉は特別、泉にとって浜田は特別。
もう理屈ぬきでそうなの。そういうことなの!細かいこと言わない!

ああ、予鈴がなってしまいました。特派員・水谷はもう撤退しなければなりません。
2人の幸せな様子をお伝えできないのが残念です。
最後にもう一度、皆様の代わりに彼らの姿を見ておきましょう。

ソファには浜田が座っているんですね。
その膝の上に、泉が座ってるんですよ。あらあら。
まあポイントはそこじゃないんです。
その座り方だと、泉の胸の辺りに浜田の顔が来るじゃないですか。それでね、浜田は泉に身体を預けちゃって、泉は泉で浜田の頭に顔くっつけてて、ようするに泉が浜田を抱きかかえてるような状態なんですよ。
しかもしかも、当たり前みたいに浜田は泉の腰に手を回してるし、泉は浜田の背中をゆっくり撫でてるんですよ。
……そんで「チョココロネも好きだけどクロワッサンみたいなのにチョコ入ってるのうまいよなー」とか言ってるの。

どうよこれ。どうなのよ!
ありえないだろ!
高校1年生ですよ?若干一名、2回目の1年生ですがまあ置いといて、高校1年生カップルっつったら、ソファに並んで座って、肩に手ぇ回しちゃおうかなーとか、手繋いじゃおうかなーとか、チュウしてもいいかなーとか、ぐるぐるしつつも緊張で会話がないとか、そんなかわいらしいお付き合いであってしかるべきでしょう!
なによその酸いも甘いも噛み分けたみたいなラブラブっぷり!
おまえらいつから付き合ってんだよ、中学か?中学んときからそんななのか?泉ってば童顔の癖に、オレが知識と想像でしか知らないようなことを体験しちゃってんのか?そうなのか?

取り乱してしまいました、お恥ずかしい。
教室に戻りますのでこの辺で。






***


再び水谷記者です、こんにちは。 つつがなく授業を終え、お待ちかねの部活の時間になったんですけど、どうにもさっきの光景がチラついて落ち着かないんですね。
あの場には愛がありました。愛ですよ、愛に溢れた空間ですよ!
認めるのは癪ですが、現在ワタクシにはあまり縁のないものです。
羨ましい羨ましい、ああ羨ましい。むしろ憎い。

「あー、愛されたーい」
「はあ?」
思わず口に出してしまいましたら、隣にいた花井が振り返って哀れんだ目を向けてきました。
脱いだシャツを几帳面に畳んでおります。きっと泉が脱いだものは、浜田がちゃっちゃと片付けてくれるんでしょうねえ。
「唯一絶対の人が欲しいの!愛して愛されたいの!ラブラブしたいの!」
力説している間にも、水谷うるせえと野次が飛んできます。皆だって彼女欲しいくせにー。
「水谷はさあ、彼女べったりになりそうだよな」
「するする、ずっといちゃいちゃしたいもん!抱っこしたりされたりしたーい」
ちらりと泉を見遣って、同意を求めようとしたんですけどね。まあ泉があっさり頷くわけもないって分かってるんですけどね。

こともあろうに、心底信じられないような目で(泉の目は嘘を吐かないんですよね)、
「うっわ暑苦しいなおまえ。オレ、そういうの絶対無理」
って。本当に嫌そうな顔で言いやがったんですよ。

……おまえが言うか…………!!

ワタクシ、ちょっと眩暈がしてきました。ここで皆さんとはお別れのようです。
ああ泉くん、さっき言ってたパンはね、パン・オ・ショコラって言うんですよ。
それでは皆さんごきげんよう。

2006/07/09
back