適わない



「おっせぇな……」
時計を見る。
約束の時間から10分過ぎていた。

浜田はCDを見に、オレは雑誌を見に二手に分かれたのが1時間前。
エスカレータ前で落ち合おうって言ってたのに、浜田の姿は一向に見えない。
オレも浜田も、こんな時遅れるのはよくある。でもいつもだったら、そろそろ「わりぃ時間見るの忘れてた」とかなんとか、メールなり電話なり入るはずなのに。
しょうがねえな、こっちから連絡してやるか。
ぱかっと携帯を開いた丁度その時、着信が入った。

『泉? 今どこいんの?』
はあ?
「どこって、待ち合わせ場所だよ。おまえこそどこいんだよ」
『上りエスカレータ前。ずっといるんだけど、おまえどこいるの』
なんだよそれ。オレもずっといるんですけど。
「1階の、上りエスカレータ前」
むっつり答えたら、「あれ」って間抜けな声がした。何だあれって。イヤーな感じがするんだけど。
『え? 1階? 地下じゃなくて?』
「はああ? 1階にいるっつっただろ! さっき!」
『あれーそうだっけ? ごめんごめん、そっち行く』
「さっさと来いよ!」
浜田のアホ!





雑踏を掻き分けて駅へ向かう。
眉を下げて謝りまくる浜田にひととおり文句を言って、取り合えず気が済んだ……と思ったのも束の間、今度はいきなり凹んでしまった。
だって、さっきの待ち合わせ、浜田も勘違いしてたけど、オレだってちゃんと確認しなかった。適当に言って適当に頷いて、それなのに一人で怒って。

「……何で怒んねぇの」
「へ?」
「さっき」
浜田だって、自分ひとりが責められるいわれはないってこと、当然わかってるはずだ。ぎゃあぎゃあ文句言うオレにムカつかないはずない。
なのに、ぱちぱちと瞬きして、それから笑ってオレの頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜた。
「怒んねえよー」
「なんで!」
浜田はにこにこと頭を撫でる。
何だよその顔、何でそんなふにゃけた顔してんの。
「オレ相手にいちいち腹なんて立たないっつうのか」
相手にされてないみたいでムカツク。
「違うって」
「じゃあ何ででだよ」
「何で、って……」
浜田がオレを見下ろす。

「くだんねー言い合いすんじゃん、よく。そんでおまえ怒るだろ」
うん。
「でもさあ、泉ってそのあとすぐしょぼーんてすんだよな」
してねえよ。イライラしてると思うけど。
「あー言い過ぎちゃったなー、とか、どうやって謝ろう、とか」
……別に、そんなこと、
「それがすげーかわいいからさあ」
……かわいいとか言うな。
「むかついてもすぐ忘れちゃうんだよ」

「結局、最初から怒ってないってことじゃねえの?」
睨みつけても、浜田は頭を撫でるだけだ。
「んー、違うんだけどなあ……あ、スタバ発見。なんか飲む?」
「おい」
「待たせたお詫びに何か奢るけど。何がいい?」
「おいってば」
なんだそれ。何でおまえがオレに奢るんだよ。待たせたのはお互い様だろ、わけわかんねえよ。
スタスタと歩いていく浜田を必死に追いかける。
ちくしょう、おまえはでかいんだから、脚もオレよりは長いんだよ。オレよりはな。

「浜田」
腕を掴んでも、Tシャツの裾を引っ張っても、浜田は足を止めることなく店内に入ってしまって、レジへ並んだ。それからようやくこっちに向く。
「で、泉はオレを怒らせた侘びにラテ奢って。そしたら機嫌直すから」
「……」

そんな甘ったるい顔されたら、勝てるわけない。

2006/09/09
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