たそがれ文貴



オレだってお年頃の男の子ですから、誕生日には彼女と一緒に過ごしたいなーなんて思うわけ。文貴くん誕生日おめでとう、ってにっこり笑ってプレゼントをそっと差し出す彼女に、ありがとうってほっぺたにチューしちゃったりして、今日は一日一緒にいようね、なんて囁いたら真っ赤になって頷いてくれちゃったり。
なんてな。
ああ空しい。

現実はといえば、正月も三が日を過ぎて社会人は仕事始め、学生は気も抜け切って日がな一日テレビを眺めてるこんな日は、あーおめでとうねー夜はケーキでも食べようかでも正月食べ過ぎて胃がもたれてるんだよねえ、なんて適当な事を言われて終わりだ。
友達もおめでとうメールなんてものを一応はくれるのだけど、学校始まったらなんかやるよとか言ってくれれば有り難い方で、大抵おめでとうの一言だ。
せめて直接言われたら、嬉しさもひとしおなんだろうけどさ。休みの間に誕生日を迎えてしまうこの寂しさ。おまけにオレなんて正月直後でうやむやにされるし。

なんてもやもやしてたら、姉ちゃんに「鬱陶しい顔してるんだったら初売りにでもいってくれば?」と家を追い出されて、こうしてぶらぶらしている。
何か欲しいなあ、とは思うけど、万年金欠の高校生にはセールになったって手の届かないものばっかりで結局買えずじまいだ。

スタバでカフェモカでも飲むかなあ、と店に入ったら、結構込んでてソファ席なんて取れなかった。それでも2階のカウンターに空きを見つけて、よっこらしょと座り込む。
ここは2階がロフトみたいになっていて、2階のカウンター席からは1階の半分が見下ろせる。下の人達をなんとなく眺めていると、何だか見覚えのある頭が。
あれ、泉じゃね?
うんそうだ、間違いない。

丁度窓際の角、丸いテーブルに座り心地の良さそうな大きめの椅子が二つ並んでる席、対角に置いてあるんじゃなくて四角いテーブルなら右と下、みたいな感じの配置。そこが空いて、泉は持っていた荷物を一方にぽいぽいと置いてもう一方にどっかり座った。
なんだよー、一人ならもっと狭いとこいけよー、つうか飲み物買わなくていいの?
ってストロー噛んでたら、しばらくして浜田が二人分の飲み物を手にやって来た。
生クリームの乗った方を泉に渡して、荷物を1つ泉の背中側に押し込んで椅子を引く。
席と席の間はそんなに広くないのに浜田は結構椅子を出していて、あれと思ったら案の定机の下では足が窮屈そうに縮こまっていた。
わーなにそれ足長いアピールですかむかつくー。いやうそうそ、いつも色々感謝してますありがとうございます。

正月明けから二人で遊んでんだなあ、浜田は実家帰ったんだろうか、実家でのんびりはしないのかな。
なんて思いながら見ていると、カップに口をつけた泉が一口飲むか飲まないうちに、顔を顰めて慌てて離した。どうやら熱かったらしい。子どもみたいに舌を出して、ついでに鼻の下にクリームがついている。
浜田はそれをささっと指で拭って、トレイにあった紙ナフキンに落とした。
……あーよかった、口に持ってかなくて。
指で取った後、一瞬口元にもって行きかけた気がするけど思い止まってくれたようだ。ここが外だって気付いたのか、それとも単に生クリーム好きじゃないのか。どっちでもいいけど。

泉は飲むのを諦めたようで、プラスチックのスプーンでクリームを掬って食べたり、ぐるぐる掻き回して溶かしたりして冷めるのを待っている。
いつもみたいに距離取らないの、ウゼーって怒らないの? 店内にほぼ背中向けてるけどさあ、他の席からも見えないわけじゃないし上から丸見えだし、壁向いてるんじゃなくてそこ窓だよ? すりガラスじゃなくて普通の透明な奴だよ?
何で泉は掬ったクリームを浜田に食べさせてるんですか。何で浜田は泉の髪弄ってるんですか。
はっきり言っていいかな、どう見てもバカップルです。

がじがじと噛みすぎたストローはもはや役に立たない。引っこ抜いて直接残りを流し込んで、嫌なもん見ちゃったよとポケットから携帯を取り出した。さっき震えたような気がしてたけど、見てみたらメールが2通来ている。
1つは中学時代の友達からだった。去年は殆ど連絡取り合ってなかったけど、誕生日おめでとうって送ってくれた。
もう1つは姉ちゃんから、ケーキ焼いてあげるから生クリーム買ってきな、って。
こういう思いがけない人からの便りとか、家族の飾らない優しさとか、ちいさなことに喜んでじんわり幸せを噛み締める。それが穏やかで幸せな人生ってもんだよ。彼女いなくたって誕生日流されがちだって、ちゃんと祝ってくれる人もいるし、オレは幸せ者だ。

「あの子可愛いなー」
「どれ?」
「白いマフラー」
しみじみしているうちに隣が入れ替わって、トレイを置きながら大学生らしき人が言っている。どれどれ、白マフラーちゃんね。何だ泉か。泉ねえ。別にチビッコって分けでもないし、顔も女顔とは思わないんだけど。背が高い浜田と一緒にいると、何でかちんまりかわいく見える。あれ、でも今は座ってるな。まあ体格差があるか。顔はどうだろう、マフラーで顔半分隠れてて大きな目だけが目立つせいか、ちょっと童顔ていうか動物の赤ちゃんぽい顔してるからか、かわいいっちゃかわいいかもな。そうそう、泉の顔って動物の赤ちゃんぽい。いつも何かに似てるなーって思ってたんだよ、あーすっきりした。

スーパー行ったら生クリーム買って、ついでにイチゴも買っちゃおう。だって誕生日だもんな。そう決めてうきうきと店を出ようとしたら、帰り支度を始めた泉達が見えた。適当に巻いただけだったマフラーを、浜田が丁寧に直してやっている。
もう何も言うまい。


2007/01/04
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