ふわふわ



ふんふん、と犬みたいに鼻をひくつかせた浜田はいっそう近づいてきて、肩口に顔を寄せた。
「泉、赤ちゃんの匂いがするー」
「はあ?」
「赤ちゃんの匂い」
いや聞こえてるけど。っていうか。
「……下痢臭ェってことか?」
「ちっがう!」
思わず顔を顰めたら、ぎょっとした浜田ががばりと身を起こした。
「んな臭いで近寄ってきたら変態だろ!」
そらまあそうだけど。
「つってもさあ、赤ん坊臭っていうと下痢……」
「違うっての! 連呼すんな!」
ぎゃーぎゃー言ってる浜田を無視して肩の辺りの臭いを確かめてみても、よくわからない。

「田島ー、三橋ー、ちょっとちょっと」
「何なに?」
手招きされて寄って来た二人に、浜田はオレを示して「赤ちゃんの匂いするだろ」なんて言いやがる。
「くすぐってえよ」
素直に近寄る二人の息が掛かってこそばゆい。
「あー、ほんとだ、赤ん坊の匂いー」
「ええ? つか何の匂いだよそれ」
田島までそんなこと言いやがって。
「で、下痢臭いんじゃなかったらどんな匂いなわけ」
「下痢言うな」
「なんか甘い」
「ふにゃって」
「……ふにゃ?」
「そうそう! ふにゃーって甘い匂い」
益々わかんねえよ!
「ミルク?」
「あーそうかも。あとなんだっけ」
「お、お日様!」
「それだ! 洗濯したてのふかふかしたタオルにミルク飲んだばっかの赤ちゃんが包まってて日が当ってふにゃーって甘い!」
「……わっかんねー……」
脱力するオレを他所に、それだそれだと3人は盛り上がっている。
はー、とため息をついたとき、ふと頭に過ぎった。田島のさっきの台詞を思い出す。
洗濯したてのタオル?
あ、わかった。かも。
「柔軟剤?」
「へ?」
「柔軟剤の匂いだと思うけど」
「へー」
この間、洗面所に見慣れないボトルがあって、母親に聞いたら『柔軟剤切れたの忘れてて、慌てて買ったからいつものやつじゃないのよー』って言っていた気がする。赤ん坊の匂いがする柔軟剤なんてあるんだか知らないが。

「泉君、甘い」
「赤ん坊の匂いー」
「だから違うっての」
つうか、この光景、傍から見たら相当気持ち悪くねえか? 男3人で熱心に男の匂い嗅いでるのって、なあ。
ここ教室なんだけど。周りドン引きしてんじゃねえの。
そうは思いながら、動物みたいな3人に本気で怒る気力もなくて、仕方なく好きにさせておいたら。
「野球部今度は何やってんのー」
なんて暢気な声が。
さすがクラスメイト、すっかり慣れている。

それは大変ありがたいんだけど、野球部でひとくくりにすんのやめてくんねえかな、マジで。

2007/03/25
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